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地下鉄はギョーカイにとって打ち出の小槌 これでいのか大阪市政 「誰のための地下鉄建設」 

これでいのか大阪市政 「誰のための地下鉄建設」第3シリーズ 利益誘導と癒着の構図 第3回

打ち出の小槌完成!?

建設業者の間で密かに囁かれている言葉がある。
『先の受注見通しが立たなくなったら、大阪市交通局をつつけ!』


『大阪市議会は1966年3月、市電を全廃し高速鉄道(地下鉄)による新交通体系を確立する旨の決議を行い、市電は1969年(昭和44年)3月31日限りで65年半の歴史を終えた。』出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


打ち出の小槌とは勿論ギョーカイにとってのことである。今や大阪市営地下鉄はギョーカイに強い発言力と影響力を持つようになっていた。業界がこぞって、市当局のOB獲得に乗り出し、地下鉄工事の受注拡大ノの為、市当局とのフトーイ絆作りに注力し始めた。


この頃は高度成長のまっただ中、地下鉄は、道路整備と呼応する形で、都市交通の要と言う位置づけを冠し市民(すなわち、当初あれ程反対に回っていた自民党市議団。)の強力な後ろ盾の元に推進されていった。


事実、大阪市街地の成長を支えた。しかし皮肉なことに、同時に地下鉄を食い物にする利益誘導と癒着の構図の誕生に一役買ってしまった。


この間、地下鉄事業は次第に目に見えた形で市の財政を圧迫しだしいた。

『1967年(昭和42年)1月1日 - 大阪市交通局が路面交通事業財政再建団体の指定を受ける。』出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


と甚だ不名誉な事態を招いてしまった。同時に先ほど紹介した近畿地方交通審議会が描いた、幻の答申原案とはかけ離れた、利用者無視の交通局の手前勝手なオナニー型地下鉄網に変ぼうを遂げ様としていた。


そして1970年戦後発展の一つの象徴的イベント大阪万博を迎えることになった。人々は高度成長に酔いしれており、誰もがバラ色の未来像に疑問を抱かなかった。この頃、現在の利権構造(すなわち部外者が触れてはならない聖域!)が確立した。


ギョーカイは安定した発展(長期的な受注見通し)を求め、市当局者は安定した再就職口を求め、お互いの利害が一致。ここからは、市民そっちのけで、業界繁栄のため、当局者の将来の生活安定のため、自民党市議団の政治献金捻出、選挙協力団体確保のため、業界主導の下、必要もない地下鉄工事が際限なく進められることとなった。


[2007/10/20 21:23] 大阪のこと | TB(0) | CM(0)

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