サントリービールについてのお話 

サントリービールについて

1963年にサントリーが異業種?(異組合;日本洋酒酒造組合)から新規参入したビール業界は第2次大戦後の1953年に酒税法と共に制定された「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律(酒類業組合法)」によりできた特別認可法人の「ビール酒造組合」に加盟していた当時のいるいわゆるビール御三家、朝日、キリン、サッポロが仲良く分け合っていた「寡占市場」であった。

当時のアルコール飲料業界は、許認可・権益・利権主義政府の下で厚く保護されており、歴史を誇る日本酒が日本酒造組合中央会、ウィスキーが日本洋酒酒造組合、そしてビール業界がビール酒造組合とハッキリと棲み分けされており組合毎に「業種(権益)が確立」しその境界を乗り越えるのは大変難しく暴挙でさえあった。
サントリーが「異業種?」であった、ビール業界に殴り込みをかけた意味は大きいと思う。

その後の1972年にキリンが逆に、”ウィスキー屋”に「旧キリンシーグラム」という形で新規参入したり、2001年アサヒがニッカを完全子会社化たり、規制緩和に伴い各地の造り酒屋がブリュワリー事業に参入し地ビールという新たな市場を創設したり、今や大手酒造会社まで地ビール事業に乗り出している、

そしてキッコーマンのマンズワインに代表されるように、1960年設立の全国味噌工業協同組合連合会加盟の味噌醤油業界も醸造技術を活かし、ワイナリー事業やブリュワリー事業へと進出している。
と言っても実は異業種参入はサントリーが最初ではなくキッコーマンがサントリーに先立つこと1年前の1962年に旧勝沼洋酒株式会社を設立し「マンズワイン」の製造販売に乗り出していた。

1980年代以降のバブル経済で吟醸酒ブームがおこり、戦前の1940年から続いた日本酒級別制度も1992年に廃止され、全国で地酒ブームが起こり各地の造り酒屋も再興の兆しが見え始め、折から業界自体も「女性杜氏」への門戸開放・登場などで日本酒に新しい風が吹き出している。


そんな昨今2006年の酒税法一部改正で年間最小醸造量が6Kリットル以上に緩和されたのを受け、2014年山梨県甲州市の「が(株)サン、フーズ」が1972年の旧旧キリンシーグラム以来およそ半世紀ぶりに「製造免許」を申請・取得造小規模ディスティラリーが認可された。所轄官庁も久々の申請で戸惑ったことなどが、NHKでも取りあげられて話題になった。

その後酒造会社を中心に続々と新たなウィスキー製造業者が免許取得ラッシュとなり、バブル崩壊後意気消沈していた「飲用アルコール」産業も除じょでは有るが、新たな動きが見え始めてきた。


また醸造日本酒と蒸留焼酎の垣根も徐々に低くなり,各地特に九州各地で両酒造組合の統合が進んだり、同じく2006年の酒税法一部改正を受け新たに「単式蒸留しょうちゅう製造免許」(年間10Kリットル以上)を取得した酒造メーカーが特産品を使った地焼酎製造に乗り出すなど飲用アルコール業界に新たな動きが起こっているのは間違いないだろう。

呑兵衛にとっては、飲用アルコールの多様化はまことにありがたい限りである。

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