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【小説】69年間待ち続けた男、在る鉄道マンの半生 第62話  

第62話 阪神なんば線の着工


2001年(平成13年)5月 徹路は、久しぶりに現場に出向いて、監督をしていた。
元請けの建設工事事務所から、使いが遣ってきた。


『徹路さん、大変ですよ、国分社長がお見えで、”布施さんに用がある、取り次いでくれ”って仰有ってます。』
『さて、この老いぼれに何の用だろう、今すぐ行くと伝えてください。』
『じゃ、先に帰ってそう言っときます。』
徹路は、杖をつきながら、事務所に向かった。現場事務所では国分が待ちわびているように、時計を気にしながら立って、こちらを伺っていた。そして、徹路の方に歩み寄ってきた。
『社長、どうなさったんですか、婿がへまでもやらかしましたか。』
『徹路さんおめでとう、遂にきますよ』
『ナニガですか?』
『阪神ですよ、』
『阪神?』
『今朝ほど、阪神電鉄から知らせが入って、難波乗り入れが決まったそうです。』
『それは、前から…』
『そうじゃなくて、やっと地元と話がついて、着工が具体化したんですよ。』
『本当ですか?』
『今度は、市、と府も後押ししてくれて、3セクの形で参加してくれるようです』
『それはよかった、で開通はいつ頃に?』
『2009年の春、開通予定らしいです』
『そうですか…』
『一刻も早く徹路さんに知らせようと思って、出かけるついでに立ち寄ったんですよ。』
『それは、どうもわざわざありがとうございました。』
『社長、そろそろお時間ですが…』


運転手が声をかけた。


『うん…、判った』
『徹路さんホントにおめでとう、ジャ、私はコレで、』
『国分さん、ありがとうございました。』


国分は、両手で、徹路の両の手を包み込むように握って別れを告げ立ち去った。
徹路は、深々と礼をしながら国分の車を見送った。


その後7月に建設母体の西大阪高速鉄道が設立され、その後、大阪市、大阪府が議会の承認を待って9月にそろって出資参加、第三セクターとして正式スタートした。
2001年(平成13年)11月16日西大阪高速鉄道、阪神電鉄そろって、事業特許を取得。翌々2003年(平成15年)1月23日工事施工認可が下りた。
そして同年10月7日阪神なんば線工事が着工された。


この日徹路は芦屋にある、故西宮鉄郎の自宅を訪ね、鉄郎の霊前に工事の着工を報告した。


『鉄郎さん、今日はいい知らせを持って来たよ。 鉄郎さんの、いや僕たちの夢だった、阪神、近鉄連絡鉄道がやっと着工されたよ。鉄郎さんが僕に約束してくれたとおりになるんだ。平成21年春の完成予定だからあと5年半ぐらいで僕たちの夢が叶うよ。…ああそれから
阪神タイガースが9月15日にリーグ優勝したよ、鉄郎さんはもう知っているよね、18年ぶりだそうだね、重ねておめでとう。私は、なんば線の開通を見届けるまではまだまだこっちでがんばるよ。それじゃまた来るからね』


<続く>


[2008/03/20 17:13] 鉄道小説 | TB(0) | CM(0)

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