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【小説】69年間待ち続けた男、在る鉄道マンの半生 第52話  

第52話 鉄郎の死


1989年(昭和64年)1月7日、昭和天皇が崩御なさった。
そしてこの年から年号は平成に変わった。


平成1年10月14日激しい優勝争いの末、名将仰木監督率いる近鉄バファローズが3度目のリーグ優勝を果たした。


そして、年の暮れ12月のはじめに朋友西宮鉄郎が66才でなくなった。
知らせを聞いた徹路は愕然とした。つい先日、近鉄優勝の翌日、鉄郎が徹路の会社にお祝いの電話をかけてきてくれてから、ひと月ばかりである。


最初の入院の知らせは6ヶ月前の6月だった。
鉄郎が、血を吐いて入院したと言う知らせが徹路の元に舞い込んだのである。
翌日、現場は金三にまかせ兵庫医大病院に駆けつけた。


鉄郎はばつが悪そうに、
『いやー、お恥ずかしい、ここん所仕事が忙しくて、つい…。イヤーたいしたことないんですよ、』
『心配しましたよ、お元気そうなので安心しました。』
『イヤー、医者が、”精密検査の必要があるので、2,3日入院していただきます”というもんで』
『そうですか』
『ここん所、忙しかったから、休養をかねて、仕事を休ませていただくことにしまして。』
『そうですよ、こういう機会がないとなかなか休みがとれないお体だから、この機会にごゆっくり休養なさって下さい。』
『まあ あまり”ごゆっくり”とは行かないのですが』
『そうおっしゃらずに…』
『わざわざご足労いただいて、ありがとうございました』
『倒れられた…、と聞きまして心配でしたが、安心しました。』
『嫌々恐縮です。』
『あまり永居もなんですんで、私はこの辺で。どうぞお大事に。』『ヤー、どうもありがとうございます。』


結局、肺ガンと判明、片方の肺を摘出する大手術をし3ヶ月ほど入院していたが退院して、現場復帰した。


退院後、徹路に見舞いのお礼をかねて、電話があり、
”まだ全服しておらず、前のように無理は利かない身体になってしまったが、何とか日常の業務はこなしているので、ご心配なく”
と言った内容の話であった。


それから、2ヶ月ちょっと、
”身体の調子がよくないので、また入院してきますが 大事をとるだけでたいしたことないのでお気づかいないように”
と言う内容の電話が本人からあり、徹路も今度はすぐにはお見舞いには訪れなかった。
それから1週間足らず、鉄郎は帰らぬ人となってしまった。


混乱を避けるため芦屋にある自宅近くのお寺で密葬が行われ、後日社葬が行われることとなった。
密葬に訪れた、徹路に、家族から、6月の検査の段階で、ガンが全身に転移していることが判明していたが、本人には知らせず、肺の摘出手術を行ったこと。本人は最後まで、ガンは完治したと信じていたことなどを聞かされた。


そして死の直前まで、
『俺はまだ死ねない、徹路さんとの約束をまだ果たしていない俺が社長でいる間に、なんば線を完成させないと…』
と言っていたと、この時聞かされた。


66才あまりにも若すぎる死であった。


<続く>
[2008/03/11 22:16] 鉄道小説 | TB(0) | CM(0)

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