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【小説】69年間待ち続けた男、在る鉄道マンの半生 第51話  

第51話 徹路の戒め


1987年(昭和62年)前年の年末から起こった、バブル景気で世の中はわいていた。


株式はもちろん、マンション、別荘地などの不動産、やゴルフ場の会員権などがどんどん高騰、猫も杓子も、投資熱に犯され出していた。


4月に国鉄が解体され、JR各社が誕生したのもこの年だった。


12月に、4年の歳月をかけた大工事、南大阪線の針中野ー阿倍野橋間の連続立体交差事業が完成した。


翌1988年(昭和63年)年3月近鉄の期待を担って、名阪間にアーバンライナーが登場した。
同じ月、近畿自動車道吹田ー松原間が全通した。


8月には京都市営地下鉄烏丸線との相互乗り入れ工事が完成。
11月には近鉄あべの橋ターミナルビルが完成した。


この頃、娘未來は本社にやって来る度に、
『○○建設の社長さんとこは、毎週末にベンツに乗って、別荘に行ってるって話よ、うちは未だにカローラ、ご近所で小学校の送り迎えに、歩いて行ってるのは家だけよ』
などと、話しかけてきたがいつも徹路は聞いて聞かぬ振りを決め込んで無視していた。


そんなバブルの最中、娘婿の金三が、相談があるといって、娘を連れ立って本社にやってきた。
近鉄協力会の会合で知り合った、同じ土建屋仲間の社長が、


『儲け話があるので一口乗らないか』と言ってきたというのだ。
何でも手広く事業展開している会社でゴルフ場を3ヶ所経営しているのだが、ブームに載って大繁盛で、会員募集した途端に、会員権が完売、勢いに乗って、さらに2ヶ所増やす計画を進行中で、徹路の有限会社鉄路にも一口乗らないか?と言う話らしい。”金は銀行が融資してくれるから、発起人に名を連ねるだけで、大儲け間違いなし”と言っているというのだった。


徹路はひとしきり彼らの話を聞いて、強く戒めた。


『話があると言うから、家でも建てる気になったかと思ったら何事だ!わしはその話には乗らん!』
娘がすかさず、
『どうしてなの、うちの子が通っている小学校でもご一緒しているし、家族ぐるみでお付き合いさせていただいていて、若いけど大変立派な社長さんで、あの社長さんのススメなら絶対に大丈夫だと思うのに』
『うちは、土建屋だゴルフ場を建設に参加しないか?ならまだしも、ゴルフ場を一緒にやらないか?など言語道断の話だ。』
『…』
『金三君、君は金儲けがしたくて、近鉄をやめて私のところにきたのか?』
『そういうわけでは…』
『それなら、バカな話はコレまでだ、顔を洗って出直してきなさい!』
『お父さん…』
『なんだ、話は聞いた。まだご託を並べるつもりか?とっとと帰りなさい!』
『お父さん、何もそんな言い方しなくても…』
『お父さんどうも申し訳ありませんでした』
『アナタ…』


そうでなくとも、普段から、どこでかぎつけたのか、やれ、”リゾートマンションはいかがですか?、宅地はどうですか?、我が社で株式投資をなさいませんか?”等とひっきりなしに電話や、訪問セールスが遣ってきて癖癖としているところだった。


まさに”金三、お前もか?”のタイミングではあった。
4階建ての独身寮兼事務所を銀行から融資を受け建設したばかりである、徹路には本業以外に投資する気などサラサラなかった。


<続く>
[2008/03/10 21:02] 鉄道小説 | TB(0) | CM(0)

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