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【小説】69年間待ち続けた男、在る鉄道マンの半生 第41話  

第41話 徹路の決断


1976年(昭和51年)2月21日徹路最後の大仕事の一つ、南大阪線、針中野ー大和川橋梁間の連続立体交差事業が完成した。


この区間は、残りの針中野ー大阪阿部野橋間の連続立体交差事業でも採用された、工法、営業中の線路の真上の空間で高架工事を行うという全国初の工法で完成させた。


そして3月、先年着工されていた、難波駅構内引き上げ線拡張工事が完成、奈良線での10両運転が可能となった。


この頃、定年まで残り一年を切った、徹路は社長室に呼ばれた。
前々から、言われていた役員昇格への勧誘である。


『どうだね徹路君考えておいてくれたかね』
『ハイ社長』
『…で、同なんだ,役員として残ってくれる決心はついたかね』
『それが、お誘いは誠に有り難く受け止めておりますが…』
『どうした、いつもの徹路君のように良い返事を聞かせてくれないのかね。』
『ハイ。社長、私は、吉野鉄道の建設工事を見て鉄道建設に憧れてこの世界に入りました。』
『それで、』
『ハイ、考えて見れば、私はあの頃のままなのかも知れません。』『どういう事だね』
『あの頃の気持ちを大切にしたいのです。』
『…』
『出来れば、ズーと現場の一技術者でいたい…。と言っても、そうも行きません。』
『アタリマエだ』
『怒らずに聞いてください。』
『判った』
『だから、来年定年に成ったら、小さな土建屋を作りたいと考えているんです。』
『何だと』


『…うーん…』
『そんなに役員はイヤか?』
『別にそう言うわけではありません、企画統括部部長と言うやりがいのある仕事を長年勤めさせていただいて心から感謝いたしておりますし、』
『それなら、これからも役員として、社内に残って近鉄のためにがんばってくれてもいいではないか?』
『お言葉ですが、私は家族からも、”父さんは近鉄と結婚したんだわ”と言われている人間です、近鉄が嫌でやめると言っているのではありません。』
『ならどうしてなんだ』
『もう一度、昔に戻って、土建の一技術屋として、現場で作る楽しみを、味わいたいんです。』
『出来れば、これからも一土建屋として死ぬまで僕の手で作り上げてきた近鉄を守って行きたいと思っているんです。』
『おお君が育てたのか』
『済みません、でもそう言うつもりで頑張ってきたのは事実です。』
『判った、ジャこれからも、近鉄と共に歩んでくれるんだな』
『その覚悟です。』


実のところ、徹路には、大手建設各社から、”是非内の顧問に”と言う話も沢山来ているし、東大阪の私学を初め、多くの大学から、”是非内の土木学科の教授に”と言う誘いも山ほど来ている。


それら全てを断っても、徹路は”現場”に戻りたかった。


<続く>
[2008/02/03 14:28] 鉄道小説 | TB(0) | CM(0)

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