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【小説】69年間待ち続けた男、在る鉄道マンの半生 第40話  

第40話 鉄道マンと時代の流れ


翌1975年(昭和50年)3月山陽新幹線 岡山ー博多間が開通。1972年(昭和47年)の岡山までの暫定開業から3年山陽新幹線が全通した。


この年5月阪神国道線が廃線となった。


珍しく、鉄朗から電話があった。


『徹路さん、ニュースでご覧になったかも知れませんが、国道線が廃線に成りました。』
『ハイ、ニュースで見ました。』
『何となく寂しくなって、電話しました済みません』
『いえ、良いんですよ気になさらなくて。』
『有り難う、私は、子供の頃、阪神国道沿いに住んでまして』
『ハイ、存じてます。』
『ああ前にお話ししましたね』
『はい』
『それで、野球小僧だった僕は、この電車に乗ればあの甲子園に行けるんだ、といつも…』
『判ります』
『その電車が今日で…、何だか僕らの時代が終わったような気持ちになって。』
『終わったんじゃありませんよ、これから始まるんですよ鉄朗さんイヤ、西宮社長』


この年52才になった西宮は、若くして、阪神電鉄の社長に上り詰めていた。


『そうですね、徹路さん、』
『僕たちには、まだまだこれからやることが有るじゃないですか。』
『そうですね、有り難う徹路さん、徹路さんとお話しできて良かった、何だか気が晴れましたよ』
『お互い忙しくなってしまったけれど、又ゆっくり何処かでお会いしましょう。』
『そうですね、有り難う徹路さん』
『それじゃーこの辺で』
『有り難う御座いました失礼します。』


この年10月には伊勢自動車道、関JCTー久居IC間が開通、大阪、名古屋両方面から、”お伊勢さん”は一層身近になっていた。マイカーが近鉄を突きだしたのである。


そして11月23日着工以来3年と3ヶ月ぶりに新青山トンネルが完成、この日から大阪線全線で複線運転が開始された。


そして暮れも押し詰まった12月20日鳥羽線全線複線化工事が完成した。これに先立つ9月、上本町ー布施間は複々線完成以来の、路線別運転を改め方向別複々線と成っていた。


<続く>

[2008/01/30 22:31] 鉄道小説 | TB(0) | CM(0)

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