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【小説】69年間待ち続けた男、在る鉄道マンの半生 第36話  

第36話 母寿美の死


同1972年(昭和47年)3月山陽新幹線新大阪ー岡山間が暫定開業した。
”新幹線”が西に延びだしたのである。


この年、黒田分岐ー伊勢中川間の複線化工事が完成し、名古屋線全線の複線化工事が完工した。戦前の1938年(昭和13年)11月に名古屋ー中川間が開通して以来、実に34年ぶりの全線複線化完成であった。


この年の秋、奈良線の輸送力増強難波駅改良工事の一環として、難波駅構内引き上げ線の拡張工事が開始された。


そして12月徹路の母寿美が75才でなくなった。脳梗塞であった。


寿美が台所で倒れているのを、先に帰宅した未來が発見、救急車を呼んで、病院に連れて行ったが、意識は戻ら無かった。


吉野の父庄一には病院から、未來が電話を入れた。
『お婆ちゃんが倒れたの、今県立病院に運び込まれた所なの、お爺ちゃんすぐに来て。』
徹路が病院に到着したときには、既に事切れていた。ベッドの傍らには、未來とお隣から伝言を聞いて病院に駆けつけた由有紀が座っていた。
程なく1時間ほど経って、由有紀から知らせを聞いた、父庄一が、近所に住む妹幸子につきそわれて吉野からやっとついた。


変わり果てた、寿美を前に父庄一は、徹路の前で初めて涙を見せた。
夜遅くなって、妹、秋美と春美も病院に着いた。


翌日、庄一が寝台車に同乗して、母の亡骸を吉野の実家に連れて帰った。


『父さん、お寺を借りる様に、僕が手配しようか?』
『どうしてだ?』
『別に…、家は狭いし、その方が良いかと思って。』
『寿美はこの家から送り出してやる。』


徹路は、それ以上言えなかったが、この時徹路には、先年の妻梨花の葬儀の混乱ぶりが頭をよぎっていた。


近所のお寺を借りて行った、梨花の葬儀の時、お寺始まって以来という参列者となり、黒塗りのハイヤーと社用車でお寺周辺はごった返し、警察まで出る騒ぎと成っていた。


あれから12年、徹路は企画統括部部長になっているし、1972年(昭和47年)当時モータリゼーションが進んだと言っても、徹路の実家の周辺はまだまだ田舎、道路整備は遅れており、乗用車のすれ違いすら困難な未舗装の田舎道が殆ど、山間地なので駐車場に利用できそうな空き地すら無い状態だった。


<続く>
[2008/01/26 20:52] 鉄道小説 | TB(0) | CM(0)

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