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【小説】69年間待ち続けた男、在る鉄道マンの半生 第35話  

第35話 新青山トンネル着工


事故の記憶も生々しい1971年(昭和46年)年末社長が、徹路の所にやってきた。


『徹路君、決めた、ヤルゾ。』
『社長、何をですか?』
『トンネルだ、新青山トンネルだ』
『ハイ、でもまだ大分先の計画では…?』
『いや、事故の被害者や遺族の方々への補償交渉も御納得を得られそうな見通しが経ってきた』
『ハイ…』
『本当の償いはもう2度と今回のような事故を起こさないことだと私は思う』
『ハイ、おっしゃるとおりだと思います。』
『その為にも、まずは新青山トンネルの建設だ!役員会の承認を得しだい着工したいと考えている。』
『ハイ』
『それで、早期着工に向けて計画を前倒しして、詳細設計を詰めて欲しい』
『でも、まだ役員会の…』
『役員会の説得と、金は私が何とかする』
『はい』
『銀行に融資をお願いする為にも、早急に建設費を積算してくれ。』
『ハイ、承知しました。』
『ん、頼んだぞ!』


そう言って、彼は部屋を出て行った。


この年の年末、ニクソンドクトリンが発表され、ドルの金本位制が崩れた、これに依って1ドル360円が、1ドル308円となった。いわゆるスミソニアン合意である。これを機に世界各国は為替の変動相場制へと傾いていく。


翌1972年(昭和47年)2月3日札幌冬季5輪が開催された。


そして8月新青山トンネルを含む大阪線上津ー中川間17.9㎞、の複線化工事が着工された。
複線化工事と言っても、大部分は別ルート全くの新線工事と変わらない大工事である。


本社に新線建設本部が設けられ、企画統括部部長である、徹路自身が、建設本部長に就任し、現場の建設事務所所長には土木部大林部長が就任した。
いわゆる背水の陣である。


この年、田中内閣が誕生し”日本列島改造論”出版され、列島改造ブームが巻き起こった


<続く>
[2008/01/25 20:37] 鉄道小説 | TB(0) | CM(0)

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