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【小説】69年間待ち続けた男、在る鉄道マンの半生 第24話  

第24話 ビスタカーの登場と誕生秘話


皮肉なことに、この年から世の中は、あれだけ威勢のよかった、神武景気が急速に衰え、不景気に見舞われていた、俗に言う”鍋底景気”である。


そんな景気を吹っ飛ばそうと、翌1958年(昭和33年)7月近鉄は大阪線に、リゾート列車の走りである、初代ビスタカーを投入した。
アメリカンデザインの先頭車を持ち中間部に2両の2階建て車両を連結した7両編成の列車は大陸横断鉄道を彷彿とさせる勇姿であった。


実は、このアイデアを出したのは徹路であった。友人でもある車両部の谷口課長から新しい特急電車のデザインについて相談され、それならと戦前の土木学会の会報に載っていた米大陸横断鉄道の写真を見せながら、徹路が初めて青山峠越えをしたときの強烈な印象を話した。


まだ見ぬ彼の地のロッキー山脈越えに思いをはせた、あの時の印象を思い起こして彼に語った。


当時工業デザイナー等という専門職はまだ無く、
『かっこいい特急をデザインしろ』と社長から指示を貰っていた谷口は、初めての特急専用車両のデザインに頭を悩ませていたらしい。


徹路のアイデアと資料室で見つけた大陸横断鉄道の展望列車の写真からヒントを得、彼が1人で我が国初の2階建て車両を持つ”ビスタカー”のデザインを決めていった。


登場当初は、リゾート気分どころではない不景気風が吹いていたが、年末に懸けて景気は序序に好転、それに合わせて、乗車率も好転、年末年始のかき入れ時には、特急券の前売りと同時に完売の人気ぶりであった。
この年9月名古屋線全線約80㎞に渡る標準軌への改軌事業計画が開始された。


又この年の11月にはライバルである国鉄が満を持してビジネス特急”こだま”を東海道本線に登場させた。


東京ー大阪間を6時間50分で結ぶ”こだま”は話題をさらうと同時に、名古屋ー大阪間も2時間20分で走破し、近鉄の名阪連絡特急の2時間35分を抜き去ってしまった。中川乗り換えの不便さはある物の、国鉄より、安い料金と何よりスピードで売っていた近鉄から、名阪間の乗客が、忙しいビジネス客を中心に国鉄に流れ始めていた。


徹路には、名古屋線の改軌が完成さえすれば、”こだま”何ぞには負けない自信が有った。しかし着工予定は1960年(昭和35年)それまでは、名古屋線の完全複線化と線形改良工事を成し遂げ、例え数分でも時間を稼ぐ以外手はなかった。


<続く>


[2008/01/08 21:20] 鉄道小説 | TB(0) | CM(0)

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