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【小説】69年間待ち続けた男、在る鉄道マンの半生 第19話  

第19話 初めての帰宅と新婚生活


その日初めて、新居である社宅に帰宅したのは、8時過ぎであった。裸電球がともった玄関に立ち、ガラス戸を開けて、
『ただ今』と言ってみた。


すぐ脇の台所から、妻梨花が『お帰りなさい』と言って割烹着を脱ぎながらいつもの笑顔で現れ、居間に両手をついて出迎えてくれた。
台所からは、サンマの良いにおいが立ちこめていた。


『となりの奥さんに教えて貰って、近くの市場でサンマを買ったの』
『チョット焦がしたけれど、食べてみてください。』
気まずそうにチョット照れながら彼女は言った。

『そう…、そう言えばサンマの季節になったんだな。』
徹路は何を言って良いのか判らず、とっさにそんな事を口走った。
『私も、生のサンマは初めてなので、偉く焦がしてしまったの…』
『気にしなくて良いよ…』
そう言いながら、徹路は靴を脱ぎ、居間に上がって上着を脱ごうとした。

『私が…。』

そう言って、梨花が後ろに回って、上着を脱がせてくれた。

徹路は何となく、妻をめとった実感に包まれた。
翌朝、台所でトン々々と言う包丁の軽やかな音と、味噌汁の良い香りで目が覚めた、時節柄、漬け物と、味噌汁と玉子焼きと言う質素な朝食であったが、徹路は久しぶりに家庭の温かさを満喫したような思いに駆られた。


出がけに、

『今日から忙しくなるので、帰れるかどうか判りません』
『夕方、お隣に電話入れます。』
そう言って.出かけた。


梨花は、チョット不安そうに、でもすぐにいつも通りの笑顔に戻って、
『行ってらっしゃい』

と言って、送り出してくれた。


本社では、社長が待ちかまえていた。
『布施君、もう4ヶ月経つぞ、まだ申請書類は完成しないのかね?』
『申し訳ありません』

実は3ヶ月目の8月末に、一度原案を役員会に提出したことがあった。しかし、

『これでは、特許はとれても、実際に建設が難しい、再考しろ』
と言って突き返されていた。

徹路は、すっかり新婚気分も吹っ飛び製図台の前に飛んでいき仕事に没入した。

夕方5時を過ぎてから、梨花との約束を思い出した。


自分の席に戻って、お隣の布施駅勤務の佐竹さんのお宅に電話を入れた。

『はい、佐竹で御座います。』
『今晩は、お世話になっています、となりの布施です。』
『申し訳ありませんが、家内をお願いします。』
『はい、はい、しばらく待ってくださいね。』


そう言って、ガラガラと引き戸の鳴る音がして、しばらくして、


『もしもし、梨花です』


といつもの、元気な声が聞こえてきた。


『梨花さん…、済まないけど今日は遅くなりそうなので、先に食事を済ませておいてください。』
『…、ハイ、判りました…』

少しがっかりしたような声に変わっていた。


『ジャー、宜しく。』
徹路は、電話を切って、仕事に戻った。


10時頃帰宅すると、。玄関脇の居間からラジヲが聞こえていた。


『ただ今』と言っても変事がないので、障子を開けて玄関脇の居間に上がってみると、慣れない土地でのひとりぼっちの家事仕事で疲れたのであろう、梨花がラジヲを聞きながら居眠りをしていた。

上着を脱ぎ衣紋掛けかけにかけながら、もう一度
『ただいま、』と言ってみた。

『…お帰りなさい、いけない私ったら居眠りしちゃったのね。』
『そんなところで眠ってしまったら風邪引くよ』
『風呂は?』
『もう十時過ぎているし、銭湯も終わったから』
『嗚呼いけない、もうそんな時間だったのね。』
『おかず温め直します。』
『済まない…』


お櫃のご飯はもう冷めていた。



<続く>
[2008/01/02 16:26] 鉄道小説 | TB(0) | CM(0)

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