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【小説】69年間待ち続けた男、在る鉄道マンの半生 第18話  

第18話 徹路の結婚


阿倍野の近鉄本社内に出来た大阪高速鉄道は活気にあふれていた、少ないスタッフは徹路を筆頭に全て20代の若者達だった。


毎朝早くから、夜遅くまで、時には激論を戦わせながら、全員一丸となって、戦後復興、大阪復興の為に良い仕事をしようと頑張った。
そんな毎日を過ごしていたある日、実家から一通の手紙が届いた。”9月1日の日曜日に近くのお宮様で式を挙げる、披露宴は自宅で身内の物だけを招いてささやかに行う。ついては、新居を探しておけ、準備が必要だったら、寿美を差し向ける”という内容だった。


取りあえず、そのことを、上司である山本本部長に報告した。


『そうか、君もやっと結婚するか』
『や、おめでとう、式には俺も出席するからな』
『有り難う御座います…それが…、本部長、時節柄、式は実家で身内だけで行う事になりまして…』
『そうか…』
『まあ、お祝いだけはさせて貰おう』
『有り難う御座います』
『で…、新居はどうする?』
『ハイ、それが、ご存知の通り大阪高速鉄道の準備で忙しい物で…』
『そうか…、判ったワシから、総務部長に社宅を準備するように言っておいてやろう』
『申し訳ありません、有り難う御座います。』


部長の骨折りで、若江岩田駅に隣接した社宅に入れることになった。


8月の初め、母、寿美が準備に来阪した。空き屋だった、社宅は荒れていたが、窓ガラスと屋根と床だけは修繕してくれていて、雨風は防げる状態だった。


流しのついた4畳半の台所と、4畳半の居間、それに6畳間、それに便所。


風呂など当然無い、近くの銭湯を利用することになる。
入居の準備と言っても、終戦間もない頃、今のように町中に物があふれている時代ではない。


母は独身寮の、徹路の部屋に泊まって、慣れない大阪で布施や、鶴橋の闇市を回って、鍋釜食器、盥、洗濯板などの日用品を集めてくれた。


8月25日の日曜日に、妻となる梨花が、校長に連れられて、製材所のトラックに乗って荷物を運んでやってきた。

荷物と言っても、タンスと、鏡台とみずやと布団と身の回りの物だけ。

梨花は相変わらずの笑顔で少し照れながら荷物を運び込んだ。


3時間ほどいただけで、吉野に帰っていった。
当時は舗装もしていないような酷いガタガタ道。往復に9時間近く掛かっての、大仕事であった。


9月1日前日から実家に帰っていた徹路は、紋付き袴、姿。梨花は文金高島田というおきまりのスタイルで式を挙げ、実家に帰ってささやかな宴を張った。その晩は実家に泊まり、翌朝一番電車で阿倍野の本社に出社した。


妻梨花は母寿美に連れられて、翌日、電車で新居に入った。


<続く>

[2008/01/01 22:28] 鉄道小説 | TB(0) | CM(0)

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