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【小説】69年間待ち続けた男、在る鉄道マンの半生 第12話  

第12話 現場復帰初日


翌3日は土曜日であった。


朝の朝礼で正式に、下請けを含む工事区の全従業員に紹介された。
杖をついた、徹路の姿に笑い声も聞こえたが、徹路は構わず、全員の前で、名前と、簡単な抱負を述べた。


初日は、井上主任について、各工区の下請け現場を見て回った。


『副所長』
『なんや…?、副所長はやめてんか』
『どう呼べば宜しいでしょうか?』
『井上はんでええがな』
『井上さん、工事の資材はどうしてるんですか?』


この頃になると、そろそろ鉄や、コンクリート等の資材が入手しづらく成っていた。


『エエ質問やな』
『それはやな、去年伊勢線の新松阪から大神宮前の間を廃線にしとるやろ』
『はあ、知りませんでした』
『ほいで、ついでに、江戸橋から新松阪駅の間も単線にしたんや』
『はい』
『それでやな、撤去して浮いた線路を今こないして廃物利用しとるちゅう訳や』
『はあ、そうだったんですか。』


戦時中も増線や改良工事が続けられたのは、こういう風な近鉄のやり繰り上手の為だった。


当日は土曜日でもあり3時頃、早々に仕事を切り上げ、下請けが伊勢神戸駅(現在の鈴鹿市駅)に近い料亭で歓迎会をしてくれた。


徹路は、酒も煙草も駄目なので、もっぱら、食べるだけであったが。年配の古参芸者に『あら、お兄さんお酒駄目なの、だったらこっちの方は?』等といって逸物を握られたりしてからかわれたり、下請けの、土木会社の現場監督に、説教めいたうんちくを聞かされたり。終いには、『歌でも歌えと言われ』、仕方なく、吉野の筏流しの木遣り歌などを披露したりした。
2時間ほどの、大宴会の末やっとお開きとなった。


後にも先にも、宴席に出たのは、これが最初で最後だった。



<続く>
[2007/12/20 20:04] 鉄道小説 | TB(0) | CM(0)

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