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耐震強度偽装問題 その2-2 

<鉄筋とは異形丸棒を加工したものである、>そして、”鉄筋屋”の仕事は、工場での裁断、曲げ加工、現場での組み立て、までが含まれる。
鉄筋コンクリート製の柱や梁は、鉄筋16本が必要ならそれだけの鉄筋がバラバラにならないように、現場で柱や梁一本毎に”口”型の鉄筋製の”枠金”で固定し”籠状”に仕上げる。
この作業は熟練した”鉄筋職人”が柱、梁ごとにそれぞれの鉄筋を”枠金”一カ所毎に、鉄筋のとの交点16カ所全部を、”番線(鉄線)で結び”籠を作る。そして”型枠屋”の職人が型枠を設置し、コンクリートを打設する、この作業を1フロアー毎に繰り返しすべての階を仕上げる。
鉄筋が少なければ、”引っかかる?”物が少ないのでコンクリートの流し込みも楽に行え、作業はドンドンはかどる?

実は小生、数年前、ある全国チェーンの有名電気店の店舗建設に立ち会ったことがあった。このとき工期厳守(工期短縮?)のため、鉄筋組み立ての際”所長判断”で鉄筋を間引きし、残った大量の鉄筋を”地中に埋めた”のを目撃している。

説明が長くなったが、つまり鉄筋が少なくなればなるほど、鉄筋設置に関する”工数”すなわち”工場加工”や”現場作業”が少なくなり、大幅な工賃削減・工期短縮が可能となる、従って、”劇的にコストダウン”が可能となる。

今回は柱と、梁に話題が集中しているが、実は”加重”(備品、家具、ピアノ、住人の体重?等)を直接支え、梁→柱と加重を伝える”床”にも重大な手抜きがあるのでは?,,,と筆者は睨んでいる。使用した生コンもさだかで無いからである。筆者は”設計図”どおりの”強度”の生コンを使ってないのではないかと疑っている。生コンに水を大量に添加し”流動性”を高めて、作業性をよくするのである。業界用語でイワユル、”シャブコン”というやつである。これが固まると、必要以上に水分が添加された箇所は業界用語で”ジャンカー”すなわち”虫食い状態”となる、強度は”軽石”並みフツーの家庭用ハンマーで何なく砕ける!
あなたの貴方の部屋の壁という壁、柱という柱、床、天井、周囲すべてがこの状態だとしたら、アアコワ~!

最悪、{ピアノ等の重量物を運び入れると、”床が抜ける”大事故が発生するかも知れない!}

ちなみに、ご自宅・マンションに不安を感じておられる方は、全国にある、総合建物診断やコンクリート診断をしている、専門の”検査会社”に管理組合などを通じて、”建物の健康診断”を依頼してみてはい

かがだろうか?{例えばhttp://www.just-ltd.co.jp/続きを読む
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[2006/03/19 18:48] 社会問題 | TB(0) | CM(0)

耐震強度偽装問題 その2-1 

<とても、専門家の言葉とは思えない。>

昨夜、あるテレビ番組を見ていて、ゲスト出演の建築家、安藤氏の発言に驚いた。
耐震強度偽装問題にかんして。
「鉄筋を減らしても、建設コストには余り響かない。」「というのは、本体工事以外に内装、やその他の付帯設備工事に相当費用がかかるから。」
「コンピューターソフト万能に問題があるのでは?」「ヒューザーはそこに気がつかなかったのでは?」というような内容の発言だった。
とても安藤氏の言葉とは思えないような発言だった。
安藤氏に、建設費の積算(見積もり)や、”工法管理(現場仕事)”の知識があれば、こんな発言はしなかったと思う。安藤氏は机にしがみつくだけで、現場仕事をまったく知らない!のではないか?とさえ思えたしだいである。
あれだけ、高名な建築家なのだから、モット慎重に発言して欲しかった。 

<ヒューザー小嶋社長、創建、木村建設3者の本音>は
「儲けるために、内装、外装には費用をかけ、中身はキャシャでもいいから、見栄えのする?”張りぼてマンション”を造りたかった。要するに見栄えさえよいければ、無知な客どもは面白いように引っ掛かる!だから、本体工事は徹底的に、手を抜いた!」,,,,,まあこんな所だろう!

元建設関係者の筆者は、建設コストに関わる、大きなファクターは人工(ニンク)費、建設機材の賃料、電気代.....、いわゆる現場運営の諸費であり、またこれらの費用は表(購入者)には出にくく、出しにくい為、見積上は材料費に含めてしまっている場合が多い、等を知っている。
つまりコスト削減の特効薬は”工期短縮”以外に考えられない!
したがって、工期短縮のために名目上の材料費の圧縮、つまり鉄筋の本数減らしをやるわけである。{コスト削減の要は工期短縮に尽きる}というやつである。
[2006/03/19 18:28] 柏原市のこと | TB(0) | CM(0)

建築確認申請制度に対する提案 

現在問題となっている、建設関連の許認可&確認申請は、全て、損害保険加入を条件とし、船舶におけるロイドの検査官制度に見習った様な制度とする。

現状の建築確認の問題点
国会議員のお偉い先生方?.は、単細胞直情に、すぐに罰則規定強化の話を持ち出す。
しかし、起こってしまってからの”罰則規定”は”中国風”に”死刑の乱用’でもしない限り余り抑止効果はないと思う。
話題は異なるが、特にホリエモンみたいに、マジで罪を犯していないつもりの極悪人には抑止効果は薄い。彼らが一番拘るもの?そう”金”と”リスク”で縛る方が抑止効果が高いと思う。

具体的には、車の車検制度に見習い。
●定期耐震強度審査(検査)制度
●強制賠償保険制度
●マンション等災害保証基金
の3つの制度を柱とする(家検?)制度を実施する。

つまり、最初から責任を明確にしておき。マンション等の住居物件は消費者・住人が地震災害にあったときは、”地震保険”で保証される体制を作ってしまい。新規、中古に限らず、保険のない物件は販売できなくする。また危険建物”として退去、取り壊し命令を行政が請求できる様にする。

まとめると
●物件の販売に関しては(地震保険5年)付きを強制化する。
●建築確認等は、現状の民間審査制度の延長でよいが、(今更この制度の廃止は不可能なので。)審査会社の選択は”保険会社が選出し派遣することとする。すなわちこのことにより。保険会社はリスク回避の為、厳しい検査を要求し厳正化が図れる。
●強度証明&適合票は、地震保険の更新時に保険会社が選んだ専門家(専門業者)による耐震強度診断結果に基づき再交付する。
●地震保険が適用されなくなった建物は。<物件検査切れ?>で危険建物として行政が退去、取り壊し命令を裁判所に請求できることとする。
●不幸にも、建設後に不祥事が発覚した場合は、発売元(仲介業者)が購入者・居住者に対する一切の金銭的責任を負う。この為”マンション等災害保証基金”として新たな基金を設立し、年商に応じて強制的(法制的)に、供託金(積立金)を供託させる。
[2006/03/12 17:29] 社会問題 | TB(0) | CM(2)

政党討論を聞いて、その2 

今朝、偶々、NHKラジオの政党討論を聞いていて、腹が立ってきた。
「自民党も、共産党もなにヌカシトンネン?」

「サービス低下?に繋がる人員削減は容認できない。」
人員削減→即サービス低下?「おまえら頭ついトンのか?」

警察以外の現業は構へんやないか?、むしろ<今の使い切り予算>でのうて<業務委託費>にしてしもて、余った予算(委託費)は年度繰り越しでけるようにした方がエエノンチャウカ?その方が、無駄遣いはのうなるし、民活でエエアイデアもぎょうさん出るントチャウカ?

●現業部門の民間委託化(例えば現在、多くの地方自治体で行われているゴミ収集の民間委託等)、地方自治体にも義務教育の学校運営(教職員)の民間委託を認める。→ビル管理会社の事業体型をモデルに、箱物(ハード)は行政で作り、ソフト(運営)は民間に委託する。但しあくまでも委託業務だから、コンセプト作りは行政で行う。
●窓口業務の民間委託。IT化し業務の簡素化を図る。尚、監督、指導、審査、部門は機密漏洩防止、&公正を期すため、民間委託はしない。
どうしても民営化もしくは民間に任す場合は、罰則規定(法整備)だけでなく、責任の所在を明確にし、又万が一の国民への救援保証のため、”強制保険制度”も法整備しておく。
●民営化に拘らず、業務委託を広範囲で採用し、民営化によるサービス低下?(実際地方自治体ですら、そんなことは起こりにくい。はじめに条件(法整備)さえ付けておけば、むしろ民営化することにより、サービス向上が望めるのでは?)個人情報を含む機密漏洩に配慮した行政・事業運営の方向を検討する。

 
[2006/03/12 16:02] 社会問題 | TB(0) | CM(0)

公務員の天下り防止策について 

今朝、偶々、NHKラジオの政党討論を聞いていて、腹が立ってきた。
自民党も、共産党もなにヌカシトンネン? 
5年間再就職禁止? 年数の問題チャウヤロ!それとジジイ連中は5年待たされたら、死ぬ、チュウーのか?俺やったら5年くらい休養やおもて喜んで、遊んで待つゾ!
「公務員の中にも有能な存在がいて、民間から嘱望されスカウトされるような場合もある」? それって、逆に言うと、公務員はほとんどが無能で!無理矢理民間に押し込んでいる!,,,,まあそれはその通りというか!,,,,,そうじゃなくて、「悪意、意図??(アカイイトと読む)」以外の”能力”って無いのとチャウカ?
ドダイ”役所”に関わりのない職業、企業なんてあり得ない。つまり再就職を認める限り、何らかの利益誘導は絶対さけられない!

①免職者以外の自己退職者の再就職禁止
②定年制の廃止(管理職を除く一般職は本人が希望するまで働けることとする。但し業務に支障を来すような事態が生じた場合は(例えばボケ等、退職勧告できるとする。)
③管理職定年制の採用(管理職は60才定年とし、以降は専門職、一般職に下る)
④年収上限制度の導入(大企業並みに押さえる。)
⑤退職金制度の見直し(大企業並みに押さえる。)
を五つの柱に制度改革を実施すべきである。

①は必須条件、②は交換条件として。今の高齢化社会、において<経験豊富な優秀な人材>?がただ死期を待ちながら、朽ちていくのはまことに気の毒であり。少子化、高齢化社会のいま、単なる穀潰しになって貰っても困る!?。③但し<若く優秀な後進>に道を譲るべく、管理職は60才で退いて頂く。④年功序列型の給与体系を全面的に改め。職制だけでは無く、成果に応じた給与体系制度を採用する。何でも数値化することのお好きなお役人様のこと?、御自身の仕事の成果や評価ぐらい数値化できるでしょ!⑤同じく同様な手法で見直す。

「皆さんどう思いますか?政府は何ヤットンジャ!責任者出テコイ!」
「出てきたらどうすんねん?」
「謝ったらシマイヤ!?」チャンチャン?
[2006/03/12 15:08] 社会問題 | TB(0) | CM(0)

新たなる社会問題、何故隠す、アスペルガー症候群。 

NHK(ラジオ)、民法そろって、番組中でアスペルガーの言葉を耳にしたことがない。特に報道番組では一切聞いたことはない。
日本自閉症協会か厚生省あたりが何らかの圧力をかけているのでは、と妻は言った。
自閉症協会は、アスペルガーへの迫害をおそれており
http://www.autism.or.jp/report/infomation/20030127.htm、厚生省は対応に困っており、ただ今専門家の育成に躍起になっている所では、と言うのである。
いくら、報道管制をしても、今やWEBではアスペルガー症候群と言う疾患は公知の事実である。

妻が作っているホームページには、毎日相当のアクセスがある。

簡単に言うと、アスペルガー症候群は脳の機能障害の一つであり、治療して治るものではない。しかし、障害による本人の不便さ、生きづらさ、周囲とのコミュニケーションのとれづらさ等を無くすような精神療法、療育は有効であり保険医療の対象ともなっている。

しかし、このコラムで取り上げてきた、教育問題。すなわち現状の学習指導要領下では、明らかに問題となる。それは何か
”協調性”偏重教育と相容れないところがあるからである。
アスペルガー症候群、別の呼び名を高機能広汎性発達障害。この障害は、コミュニケーション能力障害を抱えている場合が多いからである。教育現場に於いて、一般的には協調性に欠けると判断されてしまうからである。
又これが原因で、”イジメ”にも合いやすく。”窮鼠猫を噛む”のたとえ通り、事件を起こす可能性すら否定出来ないからである。

残念であるが、小生は最近起こった、精神障害を伴う数多くの、理解しづらい少年犯罪の多くは、アスペルガー症候群がその根底にあったものもあるのではないか?と睨んでいる。(境界性人格障害・統合失調症....等、犯罪に関連すると思われる精神障害はほかにもいくつか考えられる)

実は、筆者もアスペルガー症候群であるらしい。らしいというのは、専門医の診断を受けていないからである。妻に勧められある自己診断テストhttp://www.nise.go.jp/kenshuka/josa/kankobutsu/pub_f/F-112/05.pdf
 を軽い気持ちで試してみたところ、そういう結果が出た。
妻によると、全国平均で百人に一人程度、学年に2、3人程度だそうだが、大々的な調査が実施されたわけではないので、はっきりとした数字はつかめていないそうだ。
小生は地域間の格差がかなりあり、地域によっては、モット多いような気もする。

例えば、浪速<河内<,,,、あたりはモット多い比率でアスペルガー人?がいる。

というのは、現在居住している集落では小生も家族も余り違和感を感じない無いからである。まあそのことはお役所(厚生省)あたりに任せて,,,と。

少なくとも教育現場にいる教師はモット、アスペルガー症候群について理解を深めるべきである。そして生徒の挙動に注意する必要があるだろう。当局も場合によっては、特別養護学校あたりを増やし、症状に応じてそちらに編入させる必要があるやも知れない。

現状、潜在アスペルガー症候群の生徒達は、一般学級に編入されひっそりと耐える毎日を強要されている。

当たり前、高機能自閉症は学校社会において未だ障害と認められていないからである。しかし、脳機能に障害を持ち、一般とは違う反応をしがちな一群の人間を一般人と、同じように扱い、協調性を強要するのは問題があると思う。

凝り性で興味のあることに熱心なアスペルガー症候群者は、うまく育てば、学者、芸術家、,,,,に有能な人材となることも多い。これが理解を得られないまま、ないしは、自身がアスペルガーである自覚がないままに社会の過大なストレスに晒されると、時として犯罪者になってしまう可能性すらある。

昨今の社会現象、青少年による、一般人から見た”動機無き殺人”はその危険性を我々に訴えかけてきているように感じる。
[2006/03/10 16:33] アスペルガー星人の話 | TB(0) | CM(0)

ホリエモン礼賛にヒトラー礼賛の陰を見る。 

 <”欲望と自制心”人類宿命の葛藤から逃げては成らない!>

人類が、思考を持って以来、”欲望と自制心”の狭間で葛藤し続けてきた。言い換えれば、動物としての”生存本能と理性”の葛藤である。
これに負けたのが”ホリエモン”であり、柏原市の山西前市長である。
世界的、歴史的には、カリギュラ、ヒトラー、スターリン、ポルポト、日本では、秀吉、そして戦前の軍事内閣。

人間には、”超えては成らない一線”という物がある。
つまり、それは”無駄な殺生をしてはならない”という考えである。
文明発祥以来、原始宗教、自然崇拝、色んな形で、シャーマンらによって語り継がれてきた山の神への感謝、海神への感謝。
いずれも生きてゆくために”日々の糧”を与えてくれた”神=自然=あらゆる生物”への感謝の気持ちである。

だから、思想的なベジタリアンは偽善者であると小生は思っている。
健康教?の信奉者のベジタリアンは可愛い存在であるが、一部の動物愛護活動家などが、唱えている菜食主義は許容できない。
それは、人類の宿命を否定もしくは、目を背けているからである。
偽善者ブルより、無駄な殺生をしないで、自然への感謝を忘れず、飽食に走らず、慎ましやかな生活を送る。その方が人間らしい生き方だと思う。

話はそれたが、前出の人たちは、総じて、”その時はそれしか道がなかった”と主張する。そうなのか? 時を経ると、冷静に過去を振り返ることが出来るとよく言われるが、歴史的観点だけでは、人間的に間違った判断をしてしまう。
”超えては成らない一線”が観点でなければならない。

一部の歴史家は、太平洋戦争を引き起こした、軍部と一部の財界人に同情するような意見を述べたりする。しかし、”病むにやまれぬ事情”ソンナ物は”欲望に負けた自制心”に対する言い訳でしかない。いくら価値観が多様化しようが決して、許されるべきではない。
当時の民衆が自尊心を捨て葛藤から逃げた結果、その時”欲望に負けた”米国から、悪魔の劫火、原爆を投下され太平洋戦争は幕を閉じた。
戦前の”政府の決断”を認めることは、米国の原爆投下を正当化する事に他ならない。

そして、未だ世界中で絶えることのない、人種間の闘争、宗教間の戦争、テロ、虐殺、,,,殺戮を正当化してしまう結果となり、人類の滅亡へとつながる,,,,。
今、戦犯だけに一切の責任を押しつけ、過去の過ちに目を背け、未来だけを睨み進むことなどしては成らない。被害者としての戦争の悲惨さばかりを協調するのではなく、戦争を容認した当事者としての民衆の子孫として、国民一人一人が、もう二度と戦争を引き起こしたり、巻き込まれたりしない、と言う確固たる決意を持つ必要がある。

”粉飾決算”は戦争ではないが、”超えては成らない一線”である事には違いない。
殺戮が伴わないと人の罪悪感は少なくなるらしいが、そうあってはイケナイ。カリスマを個人批判するだけでなく、葛藤に目を背けて、悪魔の甘い言葉に耳を貸し、本能の赴くままに、時に流されていった、支援者一人一人が懺悔すべきである。

そして、今こそ、我々民衆一人一人が”欲望と自制心”の”葛藤と向き合って生きていく姿勢”、が必要な時期に来たと思う。。
[2006/03/10 12:09] 雑感もろもろ | TB(0) | CM(0)

ポジティブ思考で毎日を送る 

しつけ、と因果は巡る 狸禅師の三行説法http://mamiana.seesaa.net/より.
しつけとは、判断力を持った{真の大人}に育て上げることである。
{真の大人}とは、{手加減}をわきまえ、判断力を身につけた人のことである。
{手加減}とは、{自制心}をわきまえることである。
{自制心}とは、{禁欲}できる心である。
{禁欲}とは”欲望”に打ち勝つ心である。

欲望に打ち負かされた、代表選手として、最近の新聞を賑わしたのは、ご存知ホリエモン、そして、オジャマモン。
彼らはどうして、大人にになれなかったのか?そして何故ここまでのし上がってきたのか?
実は、のし上がる人には 、ある共通項が見られる。ホリエモン、オジャマモン、そして柏原市のヤマシ前市長、ゴメン間違えたヤマニシ前市長だったッケ?
まあどっちでも良い、山師、疚しい、山西どれも似たり寄ったりだから!?

共通項とはある種”カリスマ性”を持ち合わせている事だ。通常カリスマ性は良い意味で使われる場合が多いが、彼らも一時期、確実にカリスマではあった。
そして今は犯罪の容疑者、又は、重要参考人である。
こういう人たちは、自尊心と引き替えにある種バイタリティーを悪魔?から受け取り、多くのご”無理ごもっとも型 三無人間”を従えて、のし上がってきた。
現代の日本においてはあらゆる分野で多くの”カリスマ”が活躍し、一般の三無人間型庶民?から憧れの眼差しでもて囃されている。確かに彼らから学ぶべき点は多い、彼らは<人間は考える葦である>を実践し、ストレス社会を勝ち抜いてきた人たちではある。
決して三無人間ではない小生は”七転び八起””栄枯盛衰”そんな人生を送ってきた。今のところ”成功者”ではない。
しかし誇り(埃ではない!)を持って生きている。
人間としての尊厳、”自尊心”と人類の宿命的”葛藤”から逃げたり、置き忘れたり、捨てたり、は、してこなかったからである。
{ポジティブ思考で毎日を送る}。これが小生の座右の銘である。
そして、このことを身をもって教えてくれた無き父、母に感謝している。
[2006/03/10 10:27] 雑感もろもろ | TB(0) | CM(0)

天声狸語? 

小泉首相はほんとにダースベーダーか?
昨今、理念を持たない日和見主義者のジャーナリスト達が、一斉にコイズミ・ベーダー卿を批判し始めた。
が、ほんとに、彼は暗黒面を代表する、悪の権化なのか?
それどころか、筆者は21世紀を代表する日本の宰相であると確信している。
戦後日本を代表する3人の宰相に数えられるのではないか。
戦後日本の礎を築いた”吉田茂”。
高度成長を強力に推進した、”田中角栄”。
そして21世紀を切り開いた”小泉純一郎”。
筆者は彼こそ正に、宰相と呼ぶにふさわしい人物であると確認している。
それは”思想・信条”に重きを置き、堂々と生きているからである。
一廉の政治家気取でいる、その辺の”小物達”は、スポンサー(支援者)と票(一般有権者)の行方ばかりに気を奪われ、自身の”思想・信条”平べったく言えば”ライフスタイル”を猫の目のように平気で
コロコロと変えているではないか。
彼小泉純一郎は一切の妥協を見せず、さりとて枝葉末節の議論に拘ることなく、”本質”で物事をとらえているように感ずる。
唯一”靖国問題”は筆者も異論のあるところだが、それでも自身の”ライフスタイル”を通すところが”ヤス”より評価できるところだと思う。
9月の任期満了を持って、後輩に道を譲るそうだが、彼ほどの人材は当分望めそうにないだろう。
ある有名なジャーナリストは、「一国の宰相が、引退時期を予告すべきではない」「コイズミ首相の重大な発言ミスである」などと彼をなじっていた。
しかし筆者はそうは考えていない。彼はその任期満了を前に自らの手で自らの政権の膿までを出し。災いの種を後生に残さないようにしたのではないか。
前出ジャーナリスト氏は、今回の不祥事の続出は、<検察当局の逆襲である>等とうそぶいていたが、逆に退陣表明で膿を出しやすい(検察が動き出す)環境を整え、ホリエモンに代表される証券疑惑、耐震強度偽装事件、輸入牛肉問題、,,,,等、一気に解決したかったのかも知れない。

そして一旦はそれなりに清い環境を整えたうえで、後輩に道を譲る。彼ならやりそうである。
彼の功績は、ほかにもある、{今まで臭い物には蓋をしろ}{君子危うきに近寄らず}が常套の政治家の世界に、あえて臭い物の蓋を取って回ったこと。
今後に残された問題は山積となったが、国民の前で、臭い物を白日の下にさらけ出し、多くの国民に政治への関心を持たせ、
{国民一人一人に日本の将来を真剣に考えるチャンスを与えてくれた}のではないか?

9月の総裁選出選までに、多少の荒療治は仕方ないとして。出来るだけ清廉潔白な後継者が残ることを願う。
[2006/03/08 16:24] 社会問題 | TB(0) | CM(0)

ニート増加の根にあるもの。 

”ライフスタイル”とか”スローライフ”と言う言葉が脚光を浴びており。
最近はホームレスにもその”生き様”を認めるような、発言、行動を取る人達がいるが、彼らホームレスは人生を投げた人々である。小生に言わすと、よく言ってもせいぜい”世捨て人”止まりである。

”コイズミベーダー卿”ではないが、筆者は人にとって一番大事なもの、生きていく上で一番大事なもの、それは”人生哲学”であり言い換えれば”思想、信条”であると思っている。

今の教育にはそこが欠如していると思っている。
筆者には、新高校生と、まだオムツの離れない1歳児の二人の子供がいる。
15才の息子の方は、後妻の連れ子であるから、最近の数年の成長しか見ていないが、一歳児の娘は0歳児からその成長をずーと見守ってきた。
この間ことあるごとに、元教育問題研究家の妻と”激論?”を交わしてきた。
妻によると、最近の教育は{型にはまった詰め込み教育の反省?}で自由な発想を育てるため<興味・関心の度合い>に偏重しているという。
結果、フツ~に教科書だけを勉強していても、なかなか100点満点を取れない出題傾向になっているという!
”アイデアは良いが実態が伴わない”の本末転倒の典型例ではないか?
”意欲”や”達成感”と言った”生き様”に関わる大事な要素を全く無視した”マヤカシの教育”だと思う。
100点満点を取る、もしくは”取らせる”と言う行為には、”大事な意味”が背景に隠されている。それは”達成感”であり生きてゆくための”意欲”を与える行為である。。
98点や99点は100点満点とは明らかな違いがある。それは”ノーミス=注意深さ”を養う事である。
今の子は何事にも”効率重視”で結果を急ぐあまりの”ミス”が目立つ。
むかしの教育者は”満点”を”取らせること”によって、この事を教えていた。

思想教育というと、”戦前の思想教育”をイメージし。極端に嫌う人がいるが。”哲学”の導入教育程度に軽く考えれば良いではないか。”思想教育アレルギー”の人たちも、大学では仕方なく、哲学を学んだはずである。ちなみに小生は”優”をいただいた、失礼 関係ないか?

小生が、子供のころには、”道徳の時間”というものがあり、その副読本には戦前の修身の教科書の焼き直し のような内容が差し障りなく書かれてあった。
その後日教組の大本山?で”文化大革命”の嵐が吹き荒れていたころ、日本ではホームルーム教育が一世を風靡し、”日教組”とその宣教者達?は”自己批判”と言う名の、”集団いじめ行為”をホームルームの時間で奨励していた。我妻はこのときの犠牲者の一人で、鬱病まで煩ってしまった。
やがて日教組の大本山である中国共産党が文化大革命を収束させ、日本でもこの”恐怖教育”は次第に姿を消していった。
しかし、この”恐怖教育”世代が教師になり。我がご子息はこの世代に”迷走教育!”を受けることと相成った。
教師は教育者としての、”理念”を持たず、テクニックのみに終始し、”枝葉末節”のディテールに拘り、学習指導要領と”日教組のお達し?”に翻弄され、主体性のない”迷走教育!”を始めてしまった。

話は変わるが、ライオンや、ベンガル虎は堂々としている。対して、最近のお子様方は、大学生に至るまで、伏せ目がちで”オドオド”している子が多い様に見受ける。
我がご子息もこの手合いで、典型的な”内弁慶”である。
この違いは何か?極論でとんでもない比較の様ではあるが、小生はこの違いを、生き物としての”生き様についての自覚”の有無ではないか?とかんがえている。
愚息と話をすると、今日に至るまで、人生を語るような友はなく、そのような”遊びや行為”も経験がないと言った。当然将来、何に成りたいかの”希望”も特にないと言った。

小生は、かつて、餓えを凌ぐため、ガードマンで”凌ぎ”をやっていたことがあった。
このとき数多くのフリーターと出会った。いがいにも高校中退者は少なく。有名私立大学卒業者や、国立一期校卒業者もそれなりの割合でいた。ニート組卒業者やニート予備軍もいた。
ガードマンがイケナイとは言わないが、社会で働く”最下層”であることには違いなく、周りの目は、それより下は、若者ならニート、年配ならホームレスと言った感じの蔑まれようで、余り気分が良い思い出は無い。

迷走教育による達成感の得られなさが、堂々と生きられない若者、堂々と生きることを捨てた中年を増産しているように思うのは小生の気のせいだろうか。

[2006/03/08 13:05] 社会問題 | TB(0) | CM(0)

”ミチャポン”の考える未来の柏原 

ミチャポンが大人になったときの柏原。

玉手小学校入学前、狸穴ミチャポン2才!

私が子供のころは、まだ、石川町と安堂町が”愛の架け橋”でつながっていませんでした。
私とお母さんは、市役所に用があるときは、道明寺から近鉄電車に乗って柏原南口まで行き、そこからは歩いていきました。
市役所から、向こう岸を見たら、私の通う玉手小学校が見えていました。
その時ここに橋が架かっていたら、こんなに遠回りしなくてすんだと思いました。
でも2025年の今は、何年か前に橋も出来たのでずいぶん楽になりました。
いまは沢山の橋が出来て、カリントバタの友達も喜んでいました。
東条町の人たちも、かわちかたかみ駅が近くなったので喜んでいました。
高井田にも橋ができたので、高井田の友達も、買い物が楽になったと喜んでいました。
2025年の今でも、ソトカンと昔の170号の間だは、JRと近鉄で区切られています。
でも柏原駅と堅下駅を通って両方の道をつなぐ広い道が出来たし、何カ所も地下道が出来て大変便利になりました。
26号線も、昔の170号も広くなり、それに市民病院前の道はソトカンとつながって、柏原市の背骨の様に広くて立派な道になりました。
病院に歩いていっても、立派な歩道があるので危なくなりました。
それに、パーク&ライドと言うらしいけど、市役所前の川原が大きな駐車場になり、駅と病院を結ぶシャトルバスがしょっちゅう走っていて、お買い物や、おつとめが大変楽になりました。
お父さんは、おじいちゃんになったけど、”年寄りに優しい町”になって嬉しいと言っていました。お母さんも、「昔に比べたらずいぶんと住みやすくなった」と喜んでいました。
ミチャトが大きくなったら、そういう町になって欲しいです。

お終い。
[2006/03/07 08:16] 柏原市のこと | TB(0) | CM(0)

鬱病の妻に捧げる涙 後編 

私はそのまま、カプセルホテルのフロントに向かった。
週末なので、部屋は開いていた。
ロッカーの鍵を受け取ると、私は着替えをすませ、そのままカプセルに直行した。
まだ怒りが収まらない私は、そこで携帯の電源を切った。

翌日、電車を乗り継いで式場に向かった。
天王寺から小一時間かかったろうか、告別式の1時間程前に最寄りの駅に着いた。
式場はホームから見えていた、私はテラスを通りショッピングセンターをとおり抜け式場へと向かった。
横断歩道の向こうに、幼い娘と、妻が立っていた。
妻は悪びれた様子もなく、私を出迎えてくれた。
「電話ぐらいしろよ、飯も食わずに急いでいったのに。」
「ご免なさい、でも来てくれて良かった」と嬉しそうな顔をした。
妻に案内され式場に着いた。控え室に入ると、姪達が、
「どうしたの心配していたのよ」と私をいさめた。
妻は笑って何も言わなかった。
翌週、又電話の事で喧嘩をした。
今度は淡路島のパーキングで泊まり翌朝7時頃に帰宅した。
家に帰ると妻はボーとしてソファーで寝ていた。
どうやら一晩中起きていた様子だった。
「あれだけ言ったのに、どうして電話を取らないんだ!おまえは、懲りないヤツだ、同じ事を2度もするな、この前、懲らしめで電話の電源を切っておいたのにまだこたえていないのか?ご免なさいと謝れ」
彼女は謝らずに逆上し、何やら訳のわからない事を言い、私を強く罵りその場に泣き崩れてしまった。
私は部屋に鍵をかけて閉じこもった。数時間後、
「ご免なさい」
と謝ってきた。彼女はその昔煩っていた鬱病を再発してしまっていた。
落ち着きを取り戻した彼女の口から、一週間前の夜の出来事がこぼれだした。
彼女は”亭主の代理”と言う慣れない仕事を仰せつかり、かなり緊張していたという。
さらに娘の美里が、姪達の子供と一緒に走り回り、面倒を見るだけで精一杯、全く目を離せない状態だったと言った。
電話をかけなければと思いながらも、とてもその場を離れて電話ができる状態ではなかったとも言った。
そしてあの夜は、家に帰ってからは、私からの連絡が無いので心配になり、終電が終わるまで何度も、何度も駅まで足を運んだと言うのだ。
終電が終わって、仕方なく家に帰った後も 一晩中起きていた と言った。
「どうして次の朝何も言わなかったんだ?」と問いつめたら、
「心配でそうしただけだから,,,,次の朝は、そんなことより貴方が無事に来てくれてホッとして嬉しかったの」と言った。
私はとめどなく流れる涙を妻に気取られまいと、妻を抱きよせた。
[2006/03/06 11:40] 雑感もろもろ | TB(0) | CM(0)

鬱病の妻に捧げる涙 

昨年、正月を待ちきれずに、義兄が亡くなった、癌であった。
その日私は、土曜であるにも関わらず出勤日にあたり、通夜には出席できなかった。
夕刻 家に帰ってきた私は妻と連絡を取ろうとした。
妻が代わりに出席してくれたからであった。
家には義息が一人で留守番をしていた、どうやら娘は連れられていったようだった。
「何か連絡はあったか?」息子は「何も聞いていない」。
私は{今ならまだ間に合うかも知れないし、どうせ姪達が、最後の別れで、泊まり込むはずだ。疲れるだろうから交代で仮眠を取らせてやろう}心の中でそう呟き、身支度を整え、とりあえず通夜に向かうことにした。
妻の携帯には午後から何度も何度もコールしていた。
妻には朝出がけに「帰宅次第、出来るだけ急いでそちらに向かうつもりだから、何か予定変更があれば携帯にコールしなさい。」と言いつけてあった。
8時過ぎにやっと阿部野橋にたどり着いた。
{とりあえず、急がねば。}私は何も食っていなかった。
その時ヤット携帯がつながった。
「どうしたんだ、もう少しでつく、何かあったのか?」
「今終わったから、今から帰るところなの。」
「何をとぼけたこと言っているんだ、今どこだと思っているんだ、おまえと連絡が取れないから、阿部野橋まで出かけてきたんだぞ!、それなら何故、電話の一つもよこさないんだ。」
「ご免なさい、美里が走り回ってくれて、手が離せなかったの」
「まあ良い、オレは今からでも行ってみる」
「ソレが、セレモニーホールだから、夜は泊まれないの、だから今から来ても仕方ないの。」
「もういい!」
「ゴメンなさい、お兄さんの車に同乗させて貰うから急いでるの。その辺で何か食べて来て。」
「判った」
私は通話を切ってネオン街に歩き出した。
たまたま懐には、地方出張の旅費が数万円残っていた。
昔サラリーマンをやっていた頃通った串カツ屋を思い出した。
閉店前のラストオーダーの時間であった、適当に串を注文し生ビールでのどを癒した。
店員の催促で勘定を済ませ外に出た、9時を少し回った頃だった。
腹の虫はまだ収まらない、無駄足を踏まされたと言う思いが強く、少しばかりの酒では怒りを静めてくれない。
私は又当てもなく歩き出した。
まだ腹も空いていたし路地に入ったところで、とある寿司屋に入ってみた。
カウンターだけのこじんまりとした店だった。
店の主人と、チョット”いい女”のパートのお姉さんが”いらっしゃいませ”と私を招き入れてくれた。
3人程の常連客が店の入り口近くに陣取って彼女とひたしげに世間話に興じていた。
私は反対の隅の方に席を定め、ビールとマグロの握りを頼んだ。
一杯加減で、ほろ酔い気分になったところで店を出た。
そんなには遅くなっていなかった、終電にもまだだいぶ時間がある、
私はどうしようかと迷った、目の前にあるカップセルホテルに目がとまった。
連日のハードスケジュールで私は疲れ果ていた。
{今から帰って又明日でかけてくるのか?}
と思うと、帰るのが面倒になった。
明日の式場は今日と同じ所、行く先は判っている。
[2006/03/06 11:30] 雑感もろもろ | TB(0) | CM(0)

私のバイク道、その2 

とある土曜、フラッ~と一人で顔見知りである奈良のバイクショップに立ち寄った。
「エエとこにきた、コイツを雑誌に貸し出すサカイ、チョット慣らしにイコ思とんねんけど、ついてケエヘンか?」と”ビモータ!”を前にバイク屋のオヤジが言う。「エエでエ~」とつき合うことに。
ガヴァ~、ドヒャ~、とヒトッ走りして、上野のドライブインへ、「チョット乗ってみるか?」の一言に「ええの?」、チョット乗せて貰うことにした。
{ナ、ナ,,,、何だコリャ、スゲ~~エ!}次のパーキングで「ドヤ、これに乗ったらソイツは運搬車みたいやろ?」「ホンマや,,,」後は小生無言。
いっぺんにCBXがイヤになった。さりとていくら小生でも400万円はかなり厳しい。そこで出たばかりの、VF750Fに買い換えることにした。この際ついでに買っておこうと、アメリカンのNV750、ストリートモトクロッサーのMTX200。と3台まとめ買い。ガレージは満杯状態。週末は取っ替え引っ替え、乗り換えてのツーリング。
そうこうしているうちに、名古屋に転勤になった。3台は連れて行けないので、毎週1台づつ入れ替えに、ついでに洗濯物も満載して大阪に帰阪。20ヶ月で大阪に出戻り。
そろそろ飽きてきたので、VTとNVは処分。出たばかりのRZV500に買い換えた!これは、その後結婚するまで乗り続けた。この頃4輪は、軽2台を乗り継いだ後ルーチェに変わっていた。実は一時期出たばかりのRZ250をGLと2台同時所有していたことがあったから、2ストはMB、RZ、MTX、と数え4台目。そして東京転勤を期に最後に残ったMTXともお別れ。
数年間の空白が続いたが、3年ほど経ってから、同僚が、「中古の出物があるから、CB750ボルドールを買わないか?」と誘ってきた。もとより”コノヤロー”とは大阪時代、小生がバイク道(楽)に誘い込んだ間柄、断る理由もなかったので37万円程で購入。”おそろいのバイク”で連れだって良くツーリングに出かけた。
その連れに”リストラ”を通告され。東京で退社、同じくリストラ組の”ハゲオヤジ”と青梅に会社を作った。青梅に引っ越すので、このバイクとも泣く泣くお別れ?以後当分バイクとは無縁の毎日を送っていた。
”ハゲオヤジ”とも喧嘩別れ、食うにも困る生活が2年間ほど続いた。
ソンナある日、今の女房とバイト先で出会い、しばらくはそのまま大宮に住んでいたが、引き払って大阪にUターンすることにした。
別段当てもなく、半ば着の身着のままの状態で帰ってきたが、「昔取った杵柄」ではなく、「何かのために」と取得しておいた大型(自動車)免許が役にたち、長距離ドライバーに転身、今に至っている。
バイクに話を戻すと、女房には内緒であるが正直本心ではもう一度必ず、大型”バイク”に乗ってやる,,,!と思っている。

[2006/03/05 19:07] クルマ・バイク | TB(0) | CM(0)

私のバイク道、その1 

小生は現在ミニバイクを持っている。
小生の通勤の足をつとめている、中古で買ったヤマハのミニバイクである。それがどうしたかというと、実は10年ぶりに久々に買ったバイクであった。
小生とバイクのつき合いはもう30年近くになろうとしている。普通免許歴が33年だから車よりは短い。普通の人は、ここで「アレ,,,,?」と思うかも知れない、たいていの人は2輪→4輪と免許歴が進むからである。
これには訳がある、子供の頃から自動車が大好きで、小学校の高学年の頃より、兄貴の買ってきた自動車雑誌を”盗み読み”し中学校2年からは{モーターマガジン}なる月刊誌を親にせがんで毎月買って貰って読んでいた。
{アンダーステア?オーバーステア?シミー?,,,,,,}最初の頃は記事を読んでいても、チンプンカンプン!それでも、次第に内容が理解できるようになり毎月20日が待ち遠しくてたまらないぐらいの熱烈な愛読者?に変貌していった。
時はまさに1964年東京オリンピックが開催された年でもあった。
高度成長まっただ中のこの頃、各社が競って新車を発表し、新車が出るたびに胸をときめかせながえら記事をむさぼるように読んだ。
その辺の昔話は又別の機会に綴ることにして。
時を経て1978年、小生27才の夏、理髪店で漫画雑誌の裏表紙の広告に釘付けになった。HONDAのMB50と言うミニバイクの広告であった。当時そのデザインには衝撃的と言っても良いぐらいのインパクトがあった!床屋に行くのに便利良いかも?と自分に言い訳を言い?夏のボーナスで衝動買いしてしまった。
8月のとある週末、来週から夏休みというその日に会社の近くのバイク屋で”ソレ”を引き取った、生まれて初めて載るバイク、しかも前進5段バックギア無し!?のバリバリのスポーツバイクである。信号に止まるたびに、エンストか、ウイリー?!途中”志紀”のあたりのGSに前を走っていた家族連れのボンクラカローラに”無理矢理?”追い込まれるし?!
1時間半ほどかけて、約25キロの行程を走覇、家にたどり着いた時には日が暮れかかっていた。
次の日からは、毎朝6半起床夕方4時帰着の毎日、2週間ぶっ通しで、葛城、吉野、大宇陀、橋本、河内長野,,,,,と家の近所を走り回った。おかげで夏休みが終わる頃には、バイクは”ピカピカ”でも小生は”真っ,,,黒”に、ドップリとバイクフリークに成ってしまっていた。
そうなるともう止まらない、後はまっしぐらに”バイク道(楽)?”を突き進むだけである。
自動車学校の2輪科に入学、中型2輪を取得、MB50は会社のバイト君に譲り、中古のGL400を購入、それからは、雨の日も風の日も2日酔いの朝も?、1年間365日バイクで通勤!、努力が実って10回目にして見事に”限定解除試験”合格、晴れて大型(2輪)ライダーに。早速CB750Fの中古を購入、毎夜帰宅後はガレージにこもりっきりで隅から隅まで磨きまくりの日々!週末は”土・日の2日ともツーリング”の明け暮れ。
あれ程までに惚れ込んで買った我が愛車セリカXXは埃まみれ。!36万でかったCB750Fも3ヶ月足らずで30万で手放し、憧れのCBX1000最終型を¥165万で新車購入した!当時フルオプション装備の大衆車が楽々買えた金額である。
このバイクは3年近く車検寸前まで乗り続けた。時、正にバブルになりかけの頃、高級逆輸入車の輸入量が増えだした頃のことであった
[2006/03/05 18:58] クルマ・バイク | TB(0) | CM(0)

全国”柏原人サミット”をやってみませんか? 

全国の市町村には、”柏原”と名の付く地名の所が沢山あります。
そこは、”立派な市?”であったり、町であったり、街区であったり、”カシワラ”と読んだり”カシワバラ”と呼んだり、”カイバラ”と言ったり、と色んな呼び方で存在しています。又そこには色んな考えを持った人々が暮らしています。
そこで、全国各地の柏原人達に呼びかけて、我が柏原市で{全国柏原人サミット}を開催し、”我が街の故郷自慢”や”我が街が抱えた現状の問題”、”私たちが描く我が柏原の将来像”,,,,,と言ったようなテーマでパネルディスカッション、や小論文発表会を行い、小中学校の部、高校大学生の部、一般成人の部、でそれぞれ優秀作は表彰し、ささやかな記念品でも贈呈してはいかがな物でしょうか?

前もにも一度市関係者に提案したことがありましたが、「銭、人、時間、の都合で(柏原市当局では)実現不可能でしょう」と一笑に付された覚えがあります。
小生が提案したかったのは、{市民の血税を使って、市長の売名行為に荷担するような催しをやろう?}と言っていたのではないのです!
具体的に、申し上げなかったのが悪かったのでしょうが、ボランティア活動参加者を募り、”全国柏原人サミット実行委員会”の様な物を立ち上げ、市民レベルで手作りのサミットを開きましょう。そして全国に”我が故郷を知ってもらえないかな?”と言う素朴な願いで申し上げていたのでした。
もちろん柏原市当局にも、「利冷えホール」等の会場提供、宿泊施設の無料提供、コミュニティーバスでの参加者の送迎,,,,,等、何らかのご協力を仰ぐ必要はあるでしょうが。
基本的には、市民ボランティアが主体で開催することを念頭に置いての構想でした。
じつは小生には”柏原未来塾”と言うN.P.O.を立ち上げ、{将来の柏原を担うやる気満々の、青少年達を育成する。}と言う夢があります。
だから、”イッチョヤッタルカ”と言う賛同者の方が集まれば、
手弁当で実行委員会の”音頭取り”を、イヤ”縁の下の力持ち”を買って出る覚悟でいます。

全国の”柏原人”の皆様ご意見があれば是非書き込みお願します。

「ヤ~ッテみたい人この指止~まれ!?」
[2006/03/05 12:16] 柏原市のこと | TB(0) | CM(0)

独自開発路線か?、それとも買収派?その2 

≪貴方はトヨタ党?、それとも日産党?その2≫
今にして思えばトヨタに技術力がなかったのではない。トヨタは協力企業、特に部品納入各社の生産技術力、品質技術が”横並び”で上がるのを、ライバルのスタンドプレーを横目で睨み、耐えながらじっと待っていたのであった。
しかしこの次のシリーズあたりから情勢は違ってき出した。ライバル日産は時期ブルーバードすなわち”アップルバード?”ではあっさりと”後輪インデペンデントサスを捨ててしまって、”板バネ”に先祖返り?してしまった。
対するトヨタとその協力会社の技術力は、3代目コロナでリンク+コイルの後輪サスを大衆車市場に投入しても大丈夫なまでに成長していた。
ここに至るまで、トヨタは常に”地味”で日産のようなこれ見よがしのスタンドプレーはしなかった。唯一、TOYOTA2000GTが”谷田部のバンク”で世界記録を更新したぐらいであった。日産は派手に一品生産のR380で記録更新合戦に加わっていた。
ここで重要なことは、ヤマハの助けを借りたとはいえ、”量産車”のモディファイでの記録であり、日産は一か八かの”ワンメイクカー”での挑戦であったと言う事実である。
国産量産アルミボディーの元祖はHONDA NSXと思っておられる若い読者多いと思うが、実はこの車2000GTが最初であった、ヤマハ製ツウィンカムのヘッドを組み込んだストレート6エンジン、フルトランジスタイグナイター、クラウンで実績を積んだX型フレーム、総アルミのクロスフローのアルミラジエーター等々、今でも2000GTはマニア垂涎のコレクションアイテムとなっている。又地味ではあるが同時期のセンチュリーも忘れてはならない一台である。この車には今に続く
画期的な量産技術がテンコモリ状態であった。V8エンジン、ハロゲンランプ、フルオートエアコン、アルミラジエーター、エアサス、,,,,,等々。
コロナVSブルーバードに話を戻すと、その後両車ともFFに移行して後は皆様のご存知の通り。そして生みの親であるTOYOTAと日産の勝負は、,,,,。
地道な努力の積み重ねでグループ各社の生産技術力の底上げを図ったTOYOTAはカンバン方式と呼ばれる有名な生産方式を網だし、流通コストと部品の滞留コストを押さえ”世界1”の優良自動車会社に成長した。技術面でも、ハイブリット車で業界に先鞭を付けたし。今や世界最高峰の自動車レース”F1GP”の世界でもオール純性TOYOTA F1マシンが頂点に上り詰める寸前までになっている。
ITバブルに乗じたマネーゲームで大恥をかいたホリエモンが世の中を騒がせている今この時こそ、技術立国ニッポンのあり方を、両社の栄枯盛衰を参考に考えてみるときではないか。
[2006/03/04 18:51] クルマ・バイク | TB(0) | CM(0)

独自開発路線?それとも買収派?その1 

≪貴方はトヨタ党?、それとも日産党?その1≫
その昔、トヨタ自動車は日本最初の純国産技術で乗用車を作った。
それから時は流れて、小生が幼少の頃、初代トヨタクラウンが世に出た、この辺のいきさつは、”プロジェクトX”でも紹介されたのでご存知の方も多いと思う。
そのころ日産は、英国オースティン社と業務提携をして、ノックダウン方式による国産車製造に乗り出した、それが、初代DATSUNである。日産はその後、ダットサンを改良し続けオーストラリアの国際ラリーで優勝の快挙を成し遂げる。そして独自開発による初代ブルバードへとつながる。しかしDATSUNのエンジンの系譜はA型シリーズとして、その後もサニー、チェリーと脈々と受け結がれる事となった。日産が完全に自社技術と呼べる技術で”量産大衆車”を完成させたのは2代目ソニックラインのブルーバードを完成させたあたりである。当時としては画期的なこの車は、ライバルアローラインのコロナと共に庶民のあこがれの的であった。そしてこの頃日産は”技術の日産”を全面に打ち出す販促戦術をとっていた。確かにその頃のトヨタ車はメカフェチ少年?であった小生にとって、興味を引きつけるところなど何処にもなかった。
モータリゼーション黎明期の自動車ジャーナリストの連中も、”トヨタの80点主義”の産物などとコケにしていた?
メカフェチ少年には、全く興味を引くところがなかったコロナではあるが、市場での軍配は確実にコロナにあがっていた。
何故か、答えは簡単その耐久性、堅牢性、そして交換部品のコストも含めてのメンテナンスの容易さにあった。まだまだ日本全国至る所に極(悪)道{国道をもじって”ゴクドウ”と読む}が広がっていた時代、SOHCのエンジンはともかくとしてもBBの”4輪独立懸架”には厳しすぎた。伸縮スリーブやジョイントカバーが悲鳴を上げたのは言うまでもない。
このBBのインデペンデント後輪サスには発売当初おもしろい逸話があって、あるユーザーが新車を販売店で受け取り家に帰るまで、親切な後続車に「貴方の車の後車軸が折れている!」と何度も止められたと言うのだ。当時リジットアクスルが全盛の時代、一般ドライバーにとって、タイヤがハの字に成りっぱなしで走る車など信じられなかったのだ!確か
に日産の快挙というか”暴挙”のおかげで、部品メーカー、特にベアリングメーカーの技術力はいやがうえにも強引に引き上げられ、その後の世界一の技術力へとつながるのではある。
[2006/03/04 18:37] クルマ・バイク | TB(0) | CM(1)

これで良いのか大阪市政 「やる気の見えない大阪市」 最終回 

港湾局、大阪市ゆとりとみどり 振興局、経済局、交通局の皆様、セクショナリズムの壁を乗り越え税収アップのため、スクラムを組んで観光客の誘致、地域の振興に真剣に取り組んでは?
無理か…?

公営事業の見直し?聞こえは良いけど”あなた達のやろうとしていることは現業の切り捨て”にしか思えない?
市営交通を民営化しても、良い結果には成らないと思う。見かけ上の財政赤字は減るでしょう。
しかし…、それってトカゲの尻尾切り”じゃないの?民営化すれば不採算路線は切り捨てられ、結果お年寄りなどの弱者が困る結果となる!

{御堂筋を、地下鉄を建設したころの崇高な理念}は何処に行ったのか?
トカゲの尻尾切り”で保身をはかる。それが大阪市職員の本性か?
そんなことより、全ての分野で歳費の”重複”を見直し、お付き合い出資や、つじつま合わせ・体面繕いの無駄遣いを厳しく自粛し歳出の削減につとめなさい。
”無駄もつもれば巨費になる!?”
今の大阪市は”職員総入れ替え”もしくは”経営企画室”以外の業務は入札による全面民間委託、ぐらいの大鉈を振るったほうが良いのかもしれない?
大阪市民でなくとも怒りがこみ上げてくる!
ね、皆さん。

[2006/03/03 22:44] 大阪のこと | TB(0) | CM(0)

これでいいのか大阪市政 「やる気の見えない大阪市」その3 

後日大阪市関連のHPを調べてみたら、経済局のホームページに以下の文言が見つかった。

≪経済局では、資金調達や経営相談、ものづくり・海外ビジネス・商店街支援など、主に中小企業経営者や中小商工業者が利用できるサービスと、市内農地・農業に関する相談・助成など、農家の方が利用できるサービスを提供しています。「サービスの案内」で目的に合ったサービスをピックアップし、ご活用ください。≫

で何で?「大阪観光案内」に関与していないの?
天下り先を”育成”することばかりに気をもんでいる、”専門職”の皆様はセクショナリズムでがんじがらめ、一切他部署に協力する気はないらしい!

でもって、”百花繚乱”といえるほどの”ホームページの山”を築き上げたのではないか?

一度予算を付けるともう後には引けない。


毎年OBの為、将来の再就職のため、維持管理費を業者に払い続ける。
その程度の理由だったら、我が”狸穴ファミリー”にもおこぼれをください!?もっと見やすく判りやすいHPを格安で制作いたしますよ、ん!?

もうウンザリ(読んでいる方も?そろそろウンザリ!?)、外国船を見たければ神戸港に行くことにしよう。
そして、”ポートライナーの一日券”を買い”旅客ターミナル”で”お食事”し、ついでに”お土産”も買い、最後は”チャイナタウン”でディナーでも食って帰ってこよう!

愚息と2人で2万円もあればおつりが来るか?

[2006/03/03 22:40] 大阪のこと | TB(0) | CM(0)

これでいいのか大阪市政 「やる気の見えない大阪市」 その2 

”念のため”大阪市ゆとりとみどり 振興局”のHPにも入ってみたI ≪文化集客アクションプランの推進
      1 魅力あるまちづくりの推進(都市魅力づくり)
      2 ビジターにも利用しやすいまちづくり
      3 マーケティングと誘致活動の促進
      4 滞在促進メニューの開発
      5 人材の育成とホスピタリティの醸成
      6 推進体制の強化          ≫

と書いてあった。なるほど額面通り受け取れば「大阪観光案内」と関係はありそうだ。
”大阪市ゆとりとみどり 振興局”そのもののホームページは大阪市にリンクしてあるが、先ほどの「大阪観光案内」はリンクしてない。
ヤッパリ怪しい…。

次に経済局のHPにも入ってみたヤッパリ外国船寄港予定など何処にも載ってない!
そういえば、昨年末”ダイアモンド・プリンセス”が入港した際、たまたま高速湾岸線を堺方面に走っていて、天保山大橋に差し掛かったとき、バカデカイ船が天保山に停泊しているのを発見。
たまたま聞いていたラジオ番組でD、プリンセスだと知った。

日が暮れて時間ができたので、天保山に出かけてみた、D,Pの巨体は地下鉄のホームから周囲のマンション群を引き従えるがごとくに、はっきりと確認できた。

しかし、通勤時間帯であるにも関わらず、小生以外の周りの人は誹らぬ顔、無表情にそのまま疲れた顔で地下鉄から誰一人として降りようともしなかった。たぶんあまりにデカすぎて、船だとは気がつかなかったのであろう。

しかし、もし”TV大阪”あたりが一日中特集番組を組んで入港を知らせていたら、そして地下鉄の中吊り広告に入港を知らせる大阪市の広告があったなら…、事情はだいぶ違ったであろう。

仕事の帰りのサラリーマンがデート、やチョット一杯で寄り道したはずである。
桟橋迄行ってみると、それなりの人数の見物人も訪れていた。

しかし大阪市ご自慢の”ハーバービレッジ”の中は閑散としていたし。
大観覧車やキンタマリア号は、いずれも普段通りがらがら!?当然見物人でごった返す?はずだった商店街も開店休業!

どうして?何故?これだけの巨大船が寄港していると言うのに、見物人がいないの?
[2006/03/03 22:36] 大阪のこと | TB(0) | CM(0)

これでいいのか大阪市政 「やる気の見えない大阪市」, その1 

<改善する気のないマンネリ体質、その1>

市長の再選選挙まで行い、不退転の決意を表明した大阪市政ではあるが。小生には本気のように見えない。

小生は、乗り物フェチ?である。自動車、鉄道、飛行機、宇宙船、ボブスレー…そして船と地球上のありとあらゆる乗り物に興味がある。

中でも、船は大好きなアイテムの一つである。過日全国の国際岸壁の本年の入港予定カレンダーを見て回っていた(もちろんWEBで)。そこで大阪市のやる気のなさの一端に触れる結果となった。

はじめに、常套手段として、大阪市港湾局のホームページを訪れてみた、目指す「船舶入出港情報」のアイコンはすぐに見つかった。

しかし、何とこれが全く反応しない!つまりダミースイッチなのである!それならと「ベイエリアイベント情報」をクリックしてみた。
何処にも載ってない!仕方なく大阪市のホームページに飛んでみた、ヤッパリ何処にも載ってない!それではと向きになり、「大阪市観光案内」なるサイトを開いてみた。
web検索のサマリーには≪大阪市の提供する旅行ガイド。宿泊施設やレストランを検索、映像と音声で観光スポットを視聴ができる。≫と記してあった。
「今月のその他のイベント」をクリックしてみた。ヤッパ載っていない。
”もうアホらしゅう成ってしもて{大阪市は諦め神戸市に鞍替えしようかな?}と思った瞬間ふとページの一番下を見てみた。

何だこりゃーコピーライトなにがしに続いて「大阪市ゆとりとみどり
振興局/ 財団法人大阪観光コンベンション協会」と書いてあるではないか!
入港予定を向きになって探していたので気がつきにくかった。
そういえば、どのホームページに入っても同じようなサブページがいくつもあったではないか!
何でこんなに同じようなHPが独立して沢山あるの?
!挙げ句の果てに、わざわざ役にも立たないHPを、大阪市当局(大阪市ゆとりとみどり振興局)と得体の知れない外郭団体が別枠の特別予算を使ってまで作る必要があるのか?

?たぶん「大阪観光案内」を制作したベンチャーに何人か天下りしているのであろう!と思い当たった。

[2006/03/03 22:30] 大阪のこと | TB(0) | CM(0)





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