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私にとってのマイペース 

この内容は2009/05/30のアスパラガスの会携帯版はこちら)でお話しした内容です。

アスパラガスの会は広汎性発達障害の当事者自助組織です。

2009/05/30の第1回のミーティングレポートはこちら(アスペルガーライフblogにジャンプします。)

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個人的な話で恐縮ですが、私は昨年の年末に転職しました。
それまで、5年近く働いていた、長距離トラックの仕事を辞め、”パン屋”の配達の仕事に変わりました。

最初に自己紹介しましたとおり、広汎性発達障害の傾向を持つ私は、「視覚的長期記憶能力」と「実際的知識を表現する力、過去の経緯、既知の事実を正確に評価する能力」の2つに若干の発達障害の傾向が現れており、運動能力が多少劣っている事と併せて、”機敏な動作”や”目にもとまらぬ早業”と言うものがどうにも苦手です。

俗に言いますと一般的には”鈍くさい”と言うことになるのでしょう。

そこで表題の”マイペースってどうしていけないの?”となるわけです。

正直言って、疲れてくると、NTさんの2倍ぐらいの作業時間を費やしてしまう事があります。

パン屋の配送の仕事はどういう作業かと申しますと、朝一番に800枚ぐらいの”番重”と呼ぶ大型のトレーを数え、トラックに積み込み4、5十キロ離れたスーパーマーケットなどの大規模小売店に配達するわけです、スーパーで荷を卸し、前日の午後2便が配達した、空箱を整理し、再びトラックに積み込み、次の店へ向かい、これを午前4件繰り返し、配送センターに帰り、午後からの配達品を再び積み込み、午後の配送に出かけ、午前1便が配達した、800枚近い空箱を回収して基地に戻ってくるわけです。

このうち先ほどの、視覚的長期記憶能力の発達障害のため、数を数える作業がどうにも苦手な私は、NTの人なら10分程度で終わるカウント作業が20分程度に、また、空箱回収作業において、事実誤認が原因で、メーカー別に仕分ける作業が”へたくそ”で”ノロイ”わけです。

本人は一所懸命にやっているわけですが、周りの人からは、ダラダラやっているように見えるらしく、”オッちゃんマイペースも結構やけど、もうちょっと急いでくれへんか?」と卸す順番を待っている次のトラックにせき立てられる羽目になり、、アセったり、慌てたりすると広汎性発達障害者につきものの”パニック現象”を誘発し、つい”物忘れ”や”間違い”を起こしやすくなります。

つい先日も、パンのごっそり詰まったトレー25枚重ね一本丸ごと 配達先に卸し忘れ基地に帰ってから大騒ぎとなってしまいました。
ただし、私は急がせた他人のせいにしているわけではなく、常に自分の能力特性をふまえた対策を考える事にしており。

たとえば、朝は人より15分早く出社し、できるだけ早く作業を開始し、番重を数えるときは、両手で数え、10枚ごとに声を出して、復唱し、空箱回収作業の時も、できるだけ足下を整理し、作業スペースを確保し作業しやすい環境を整えた上で、実際の作業にかかるようにしています。

また、日常生活全般において、できるだけ作業のマニュアル化やシークェンシャル化をはかル様に心がけ、チェックリスト等を用いて作業手順の確認を絶やさないようにして間違い防止に努力しています。
これが私の”マイペース”なのです。

私にとって”素早い”という人の作業は参考にはなりませんでした。
作業に慣れた普通の人の作業をじっくり見ていて気がついた事は、”無駄な動きが少ない”と言うことでした。

自分の作業はどこに無駄があるのか、冷静に判断し、速度は多少人より遅くても、最初に落ち着いて状況判断を行い、二度手間にならないように、確実に、一度ですむ動作は確実に一度で終わるように心がけ、一つずつの作業をこなすようになってからは、、トータル作業時間が最初の頃と比べかなり短縮できる様になりました。

事実他の人と比べても、朝1便の所要時間は人並み、むしろ人より少し早く帰ってこれるようになりました。

ただし、午後からの2便になると、回収する空箱が半端ではなく、しかも配送ルートの都合で狭い車内での整理が多くなるため、作業効率がぐっと落ちてしまい、基地に帰ってくるのが遅くなってしまいがちです。

しかし、日々自分の作業を改善することに”執着?”し何とか早くこなせないか、いろんな方法を試しています。

最後に、私の好きなフレーズを
「マッタリまったりまったり、な、急がず焦らずにまいろーーぜ」
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[2009/06/07 12:28] 雑感もろもろ | TB(0) | CM(0)

高級車はブティックで買う時代 


先日の新聞記事で、『個人車の購入形態に変化が現れた』とあった。


つまり、今まではセールスマンを自宅や職場に呼び寄せ契約等をする、いわゆる訪問販売が主流であった。所が最近は販売店に出向きその場で契約をする、いわゆる店頭販売の比率が増えたというのである。

この記事を見て”レクサス”を思い出した、小生は仕事柄各地に出向いている。それで気づくのがレクサスの見事なまでのエレガント&セレブな”お店”、である。

まるでプレミアムアウトレットにある、高級ブティックである。まずは白と黒でさり気なく、エレガントな店構え。これは全国何処に行っても同じ。さらにどこが違うのかとじっくり観察して見ると。


従来の”何々トヨタ”につき物の店頭にある。紅白の”お立ち台”が無い、つまり”今月の特選車”何某のあれである。

同じく店頭に特選中古車とあの物欲しげで下品なプラカード表示、これらが全くない。これは全国どこにいっても同じ。そして、あの脂まみれで汚らしい整備工場が表からは全く見えない構造になっている。これらはレクサス店の共通トレンドのようであって、全国津々浦々、どんな田舎町?に行っても周囲の田園風景など気にすることもなく、かたくななまでに貫き通している。

鳴り物入りで国内逆上陸したレクサスも、当初は苦戦を強いられ販売台数の伸び悩みに苦しんだようであるが、冒頭で述べた高級車の購入形態の変化で、今や飛ぶ鳥を落とす勢い。以

前は幅をきかせていた、ベンツ、BMB、と完全に肩を並べる勢い。地域によってはベンツ・BMBをけ落とし高級車のトップシェアを誇っているところも。アウディ、ボルボ、ジャガーなど殆ど路上で見かけなくなってしまった。

一千万円もする高級車が飛ぶように売れるのだから、トヨタは笑いが止まらないであろう。

これもレクサス販売担当重役が社内の批判に耐え、ディーラーの突き上げにも屈せず。きっとこのブランドイメージ作戦が功を奏するので今しばらく辛抱をと、粘り強く、ディーラーの経営者の説得に当たり、協力を求めたからであろう。

事実イメージの徹底ぶりは、陸送車にも及んでおり。格好いいフルカバードのボディーで陸送車には見えない。あのよく見かける無粋な骨組み丸出し中丸見えの”雲助トレーラー”等では陸送していない。

『この車何処で買ったの?』『エー、アソコのレクサスで』『エー、アソコってブティックじゃなかったの?うらやましいあのステキなお店で?』てな会話が聞こえてきそうである。

確かに接客なども徹底しており、VIP気分が味わえるであろう。

近くのスーパーの売り場彷彿とさせる”何某トヨペット”ではせっかくのクラウン、セルシオもスーパーで買う”トレーに入った特選和牛”にしか過ぎない。

レクサスの好調を受け、ここのところ外車ディラーの改装、新規出店も目につくようになった。


いずれも極力店頭の駐車スペース、特に中古車展示ゾーンを無くし、あったとしても、デパートの特売場風に、所狭しと並べ、デカデカとプライスカードを窓に貼るやり方は控えているようである。

さて、レクサスの成功を横目に、カルロスがフランスにゴーン?した途端に業績不振が戻ってしまった日産、レクサスに対抗するはずのシーマもさっぱり、打つ手無しの体だが、ここで恒例のデジタヌのお節介アドバイス。


この際恥も外聞もなく、シーマを独立ブランドにし、まずは大都市から日産直系の新販売店を整備して行く、そしてあとはレクサス店と同じ手法で真っ向から闘う。


たださらに日産の独自性を出すなら、この際思い切ってイタリアか、フランスあたりのブランドを買収しシーマとは別ブランドを立ち上げる。

そして、本物のブティックでブランド商品と一緒に販売する。店内はこれまでの”車ディラーのイメージを一掃。下品なディスプレーにエアロパーツ、安っぽいカタログラックにオーディオコンポのカタログなんて物は置かない。

上品なガラス棚に、さり気なく、買収したブランドの商品をディスプレーする。もちろんアノ対面型接客カウンターはこれまた一掃、店頭には一切の、カタログ、エアスポイラー等の下品なアクセサリー類は展示しない。接客は出来ればパーティションで区切られた接客ブースで、アプローチブックでエレガントに。

もちろん、今月の特選車やお買い得中古車など店前に展示しない。


さて順風満帆の追い風に乗って快調にとばしているように見える、レクサスだが、課題がないわけではない、下取りした中古車販売をどうするか?


これまでエレガントに店頭販売をモットーにしてきたのに、今更店頭に下取り車を並べるわけにも行かないし、さあどーするか?



蛇足その2、中古車販売に関しては、中古車販売店も展示法を工夫しだしてきた、ガリバーの新規店など、そこらの老舗何某トヨペットよりず~とスマート。


[2007/08/19 20:18] 雑感もろもろ | TB(0) | CM(0)

ホリエモン礼賛にヒトラー礼賛の陰を見る。 

 <”欲望と自制心”人類宿命の葛藤から逃げては成らない!>

人類が、思考を持って以来、”欲望と自制心”の狭間で葛藤し続けてきた。言い換えれば、動物としての”生存本能と理性”の葛藤である。
これに負けたのが”ホリエモン”であり、柏原市の山西前市長である。
世界的、歴史的には、カリギュラ、ヒトラー、スターリン、ポルポト、日本では、秀吉、そして戦前の軍事内閣。

人間には、”超えては成らない一線”という物がある。
つまり、それは”無駄な殺生をしてはならない”という考えである。
文明発祥以来、原始宗教、自然崇拝、色んな形で、シャーマンらによって語り継がれてきた山の神への感謝、海神への感謝。
いずれも生きてゆくために”日々の糧”を与えてくれた”神=自然=あらゆる生物”への感謝の気持ちである。

だから、思想的なベジタリアンは偽善者であると小生は思っている。
健康教?の信奉者のベジタリアンは可愛い存在であるが、一部の動物愛護活動家などが、唱えている菜食主義は許容できない。
それは、人類の宿命を否定もしくは、目を背けているからである。
偽善者ブルより、無駄な殺生をしないで、自然への感謝を忘れず、飽食に走らず、慎ましやかな生活を送る。その方が人間らしい生き方だと思う。

話はそれたが、前出の人たちは、総じて、”その時はそれしか道がなかった”と主張する。そうなのか? 時を経ると、冷静に過去を振り返ることが出来るとよく言われるが、歴史的観点だけでは、人間的に間違った判断をしてしまう。
”超えては成らない一線”が観点でなければならない。

一部の歴史家は、太平洋戦争を引き起こした、軍部と一部の財界人に同情するような意見を述べたりする。しかし、”病むにやまれぬ事情”ソンナ物は”欲望に負けた自制心”に対する言い訳でしかない。いくら価値観が多様化しようが決して、許されるべきではない。
当時の民衆が自尊心を捨て葛藤から逃げた結果、その時”欲望に負けた”米国から、悪魔の劫火、原爆を投下され太平洋戦争は幕を閉じた。
戦前の”政府の決断”を認めることは、米国の原爆投下を正当化する事に他ならない。

そして、未だ世界中で絶えることのない、人種間の闘争、宗教間の戦争、テロ、虐殺、,,,殺戮を正当化してしまう結果となり、人類の滅亡へとつながる,,,,。
今、戦犯だけに一切の責任を押しつけ、過去の過ちに目を背け、未来だけを睨み進むことなどしては成らない。被害者としての戦争の悲惨さばかりを協調するのではなく、戦争を容認した当事者としての民衆の子孫として、国民一人一人が、もう二度と戦争を引き起こしたり、巻き込まれたりしない、と言う確固たる決意を持つ必要がある。

”粉飾決算”は戦争ではないが、”超えては成らない一線”である事には違いない。
殺戮が伴わないと人の罪悪感は少なくなるらしいが、そうあってはイケナイ。カリスマを個人批判するだけでなく、葛藤に目を背けて、悪魔の甘い言葉に耳を貸し、本能の赴くままに、時に流されていった、支援者一人一人が懺悔すべきである。

そして、今こそ、我々民衆一人一人が”欲望と自制心”の”葛藤と向き合って生きていく姿勢”、が必要な時期に来たと思う。。
[2006/03/10 12:09] 雑感もろもろ | TB(0) | CM(0)

ポジティブ思考で毎日を送る 

しつけ、と因果は巡る 狸禅師の三行説法http://mamiana.seesaa.net/より.
しつけとは、判断力を持った{真の大人}に育て上げることである。
{真の大人}とは、{手加減}をわきまえ、判断力を身につけた人のことである。
{手加減}とは、{自制心}をわきまえることである。
{自制心}とは、{禁欲}できる心である。
{禁欲}とは”欲望”に打ち勝つ心である。

欲望に打ち負かされた、代表選手として、最近の新聞を賑わしたのは、ご存知ホリエモン、そして、オジャマモン。
彼らはどうして、大人にになれなかったのか?そして何故ここまでのし上がってきたのか?
実は、のし上がる人には 、ある共通項が見られる。ホリエモン、オジャマモン、そして柏原市のヤマシ前市長、ゴメン間違えたヤマニシ前市長だったッケ?
まあどっちでも良い、山師、疚しい、山西どれも似たり寄ったりだから!?

共通項とはある種”カリスマ性”を持ち合わせている事だ。通常カリスマ性は良い意味で使われる場合が多いが、彼らも一時期、確実にカリスマではあった。
そして今は犯罪の容疑者、又は、重要参考人である。
こういう人たちは、自尊心と引き替えにある種バイタリティーを悪魔?から受け取り、多くのご”無理ごもっとも型 三無人間”を従えて、のし上がってきた。
現代の日本においてはあらゆる分野で多くの”カリスマ”が活躍し、一般の三無人間型庶民?から憧れの眼差しでもて囃されている。確かに彼らから学ぶべき点は多い、彼らは<人間は考える葦である>を実践し、ストレス社会を勝ち抜いてきた人たちではある。
決して三無人間ではない小生は”七転び八起””栄枯盛衰”そんな人生を送ってきた。今のところ”成功者”ではない。
しかし誇り(埃ではない!)を持って生きている。
人間としての尊厳、”自尊心”と人類の宿命的”葛藤”から逃げたり、置き忘れたり、捨てたり、は、してこなかったからである。
{ポジティブ思考で毎日を送る}。これが小生の座右の銘である。
そして、このことを身をもって教えてくれた無き父、母に感謝している。
[2006/03/10 10:27] 雑感もろもろ | TB(0) | CM(0)

鬱病の妻に捧げる涙 後編 

私はそのまま、カプセルホテルのフロントに向かった。
週末なので、部屋は開いていた。
ロッカーの鍵を受け取ると、私は着替えをすませ、そのままカプセルに直行した。
まだ怒りが収まらない私は、そこで携帯の電源を切った。

翌日、電車を乗り継いで式場に向かった。
天王寺から小一時間かかったろうか、告別式の1時間程前に最寄りの駅に着いた。
式場はホームから見えていた、私はテラスを通りショッピングセンターをとおり抜け式場へと向かった。
横断歩道の向こうに、幼い娘と、妻が立っていた。
妻は悪びれた様子もなく、私を出迎えてくれた。
「電話ぐらいしろよ、飯も食わずに急いでいったのに。」
「ご免なさい、でも来てくれて良かった」と嬉しそうな顔をした。
妻に案内され式場に着いた。控え室に入ると、姪達が、
「どうしたの心配していたのよ」と私をいさめた。
妻は笑って何も言わなかった。
翌週、又電話の事で喧嘩をした。
今度は淡路島のパーキングで泊まり翌朝7時頃に帰宅した。
家に帰ると妻はボーとしてソファーで寝ていた。
どうやら一晩中起きていた様子だった。
「あれだけ言ったのに、どうして電話を取らないんだ!おまえは、懲りないヤツだ、同じ事を2度もするな、この前、懲らしめで電話の電源を切っておいたのにまだこたえていないのか?ご免なさいと謝れ」
彼女は謝らずに逆上し、何やら訳のわからない事を言い、私を強く罵りその場に泣き崩れてしまった。
私は部屋に鍵をかけて閉じこもった。数時間後、
「ご免なさい」
と謝ってきた。彼女はその昔煩っていた鬱病を再発してしまっていた。
落ち着きを取り戻した彼女の口から、一週間前の夜の出来事がこぼれだした。
彼女は”亭主の代理”と言う慣れない仕事を仰せつかり、かなり緊張していたという。
さらに娘の美里が、姪達の子供と一緒に走り回り、面倒を見るだけで精一杯、全く目を離せない状態だったと言った。
電話をかけなければと思いながらも、とてもその場を離れて電話ができる状態ではなかったとも言った。
そしてあの夜は、家に帰ってからは、私からの連絡が無いので心配になり、終電が終わるまで何度も、何度も駅まで足を運んだと言うのだ。
終電が終わって、仕方なく家に帰った後も 一晩中起きていた と言った。
「どうして次の朝何も言わなかったんだ?」と問いつめたら、
「心配でそうしただけだから,,,,次の朝は、そんなことより貴方が無事に来てくれてホッとして嬉しかったの」と言った。
私はとめどなく流れる涙を妻に気取られまいと、妻を抱きよせた。
[2006/03/06 11:40] 雑感もろもろ | TB(0) | CM(0)

鬱病の妻に捧げる涙 

昨年、正月を待ちきれずに、義兄が亡くなった、癌であった。
その日私は、土曜であるにも関わらず出勤日にあたり、通夜には出席できなかった。
夕刻 家に帰ってきた私は妻と連絡を取ろうとした。
妻が代わりに出席してくれたからであった。
家には義息が一人で留守番をしていた、どうやら娘は連れられていったようだった。
「何か連絡はあったか?」息子は「何も聞いていない」。
私は{今ならまだ間に合うかも知れないし、どうせ姪達が、最後の別れで、泊まり込むはずだ。疲れるだろうから交代で仮眠を取らせてやろう}心の中でそう呟き、身支度を整え、とりあえず通夜に向かうことにした。
妻の携帯には午後から何度も何度もコールしていた。
妻には朝出がけに「帰宅次第、出来るだけ急いでそちらに向かうつもりだから、何か予定変更があれば携帯にコールしなさい。」と言いつけてあった。
8時過ぎにやっと阿部野橋にたどり着いた。
{とりあえず、急がねば。}私は何も食っていなかった。
その時ヤット携帯がつながった。
「どうしたんだ、もう少しでつく、何かあったのか?」
「今終わったから、今から帰るところなの。」
「何をとぼけたこと言っているんだ、今どこだと思っているんだ、おまえと連絡が取れないから、阿部野橋まで出かけてきたんだぞ!、それなら何故、電話の一つもよこさないんだ。」
「ご免なさい、美里が走り回ってくれて、手が離せなかったの」
「まあ良い、オレは今からでも行ってみる」
「ソレが、セレモニーホールだから、夜は泊まれないの、だから今から来ても仕方ないの。」
「もういい!」
「ゴメンなさい、お兄さんの車に同乗させて貰うから急いでるの。その辺で何か食べて来て。」
「判った」
私は通話を切ってネオン街に歩き出した。
たまたま懐には、地方出張の旅費が数万円残っていた。
昔サラリーマンをやっていた頃通った串カツ屋を思い出した。
閉店前のラストオーダーの時間であった、適当に串を注文し生ビールでのどを癒した。
店員の催促で勘定を済ませ外に出た、9時を少し回った頃だった。
腹の虫はまだ収まらない、無駄足を踏まされたと言う思いが強く、少しばかりの酒では怒りを静めてくれない。
私は又当てもなく歩き出した。
まだ腹も空いていたし路地に入ったところで、とある寿司屋に入ってみた。
カウンターだけのこじんまりとした店だった。
店の主人と、チョット”いい女”のパートのお姉さんが”いらっしゃいませ”と私を招き入れてくれた。
3人程の常連客が店の入り口近くに陣取って彼女とひたしげに世間話に興じていた。
私は反対の隅の方に席を定め、ビールとマグロの握りを頼んだ。
一杯加減で、ほろ酔い気分になったところで店を出た。
そんなには遅くなっていなかった、終電にもまだだいぶ時間がある、
私はどうしようかと迷った、目の前にあるカップセルホテルに目がとまった。
連日のハードスケジュールで私は疲れ果ていた。
{今から帰って又明日でかけてくるのか?}
と思うと、帰るのが面倒になった。
明日の式場は今日と同じ所、行く先は判っている。
[2006/03/06 11:30] 雑感もろもろ | TB(0) | CM(0)

『ほどよい貧乏』 

「ジャンコー」「、ジャンジュー」ご存じ”最初はグー”で負けたものが全員の缶飲料をおごる?例の行為である。
 
私は、現在長距離トラックの”運ちゃん”をやっているが休憩室で同僚が集まると、決まって誰かが言い出す。1人で、飲んでも良いし、他人のつきあいで飲みたい代物でもないが、なぜか、つい乗ってしまう。
 
多分、これが”ほどよい貧乏”というものなのだろう。
「薄給で、家族を食わすのがやっと、小遣いなんか満足にあらへん。」「こんなえらいめしてこんな薄給じゃやってられんは!」とぼやきながらも、ささやかな満足感に浸っている。

以前一時、ガードマンで凌いでいたことがあったが。この時には、だれも言い出さないし、乗る奴も居なかった。

つまり、本当のビンボーなのであった。働けど、働けど、、、、、の世界である。
飲み代をひねり出すのがやっと?食うだけで精一杯、「とてもとても他人のコーヒーなんて」、であった。
[2006/01/08 20:51] 雑感もろもろ | TB(0) | CM(0)





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