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河内は食料品が全国一い! 

その2 調味料が高い!

小生は香辛料・調味料フェチである。

いわゆる、七味唐辛子、一味唐辛子、テーブル胡椒、山椒、パセリ、タバスコ、ラー油、パルメザンチーズ、食塩、ゆず胡椒、練りカラシ、ワサビ、生姜、ニンニク、…等などがテーブルの一角に鎮座ましましていないと機嫌が悪い!

そんな小生にとって河内の食料品事情は最低である!

七味トウガラシ、胡椒の類いわゆる調味料の特売ワゴンがスーパーにない!からである。

首都圏ではこれらは食品スーパーで、常に\98程度の価格で特売ワゴンに山のように積み上げられている。

小生は何時も予備を含めて2瓶づつ購入していた。

所が所が、河内平野ではこれ(常設特売コーナー)がないからまとめ買いが出来ない。

七味は七味の正価\128でしか販売されていない!

「マッタクー」である。

前回も書いたが、何でこんなに食料品が高いのか!?

河内の人は自炊をしないのか?

3度3度の食事を”安い外食”ですましているのか?

いくら考えても、判らないし、しゃくに障る話しである。

<マッタクー…でお終い>

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[2009/01/29 14:06] 大阪のこと | TB(0) | CM(0)

`大阪は人情溢れる街ってホント? 

上方の東に対する対抗意識と劣等感、妬みやっかみ、負け惜しみ、偏見について考える、その4

大阪には人情が有る!町中で出会う人みんな親切や!

大阪の”おばちゃんが”よくいう言葉である。

しかし小生はこの表現に疑問を持っている、ただ単に厚かましくてお節介焼きな連中が多いだけではあるまいか?

”カミガタン”や”カワチヤン”はこの手の”オバハン連中”をこう呼ぶだけではあるまいか?

彼女達に慈(いつく)しみ、労(いたわ)り、思いやりといった、”人情の基本要素”があるのだろうか?


確かに、上方では、最近切った張ったの刃傷沙汰(にんじょうざた)が新聞紙上を賑わせてはいるが。はたして…。

大声で

「チョット、チョットそこのオッチャン何してんネン?ジャマ(邪魔)やジャマやドイテンか!」

等と、叫びながら自転車で猛進するカワチヤンのオバハンに”人情”があるのか?!


かつて、小生は「柏原市役所付近の大和川河岸に1000本桜並木を」と呼びかけた事があったが、実際には”カワチヤン”の”人情”が障害となって実現しないであろうと考えている。

何となれば、わざわざ先人が子孫のためにと残した桜並木を

「毛虫が、落ちてきて迷惑や、そんな桜切ってまえ!」

と市役所に怒鳴り込み、怒鳴り込まれた市役所も躊躇せずに桜を切り倒してしまう”土地柄”であるからである。

合理性を重んずる?カワチヤンのオバハン連中にとっては、年に1週間しか花を咲かせず、後は花吹雪の掃除、掃除で手間ばかりかかり、おまけに夏は散歩チュウに頭の上から毛虫が落ちてくるような、何の役にも立たない?桜並木など迷惑千万な存在なのであろう。

これには、気候風土の差も少なからづ影響しているとは思うのだが…。

関東平野や東北地方の様に冬が厳しく、冬場に”来るべき春を待ちこがれる我慢”を強いられる厳しい気候風土とは違い、上方では春はそれほど感慨深いものでもないのであろう。

上方では春は必ずやってくるモノだし、春に続く梅雨期の不快感を予感させる季節でもあるからである。

「梅は咲いたか?桜はまだかいな?」などと悠長な気分には浸れないのであろう。

また、記憶どころか記録にも残っていないような大昔から、人口密集地の河内平野では利用できる空き地があれば全て耕作地に転用し、喩え米一粒でも多く収穫出来るように励んできた風土である。

「花より団子」の精神がネイティブカミガタンやカワチヤンに染みついてしまったのであろう。

全く風情の無い話しではある。

このことは新幹線に乗って大阪に帰ってくるとよく理解できる。

上り、下り関係になく実感できる事でもある。

岡山方面から帰ってきても、東京から帰ってきてもいつも「何か今までと違うな?」感覚に襲われる事になる。

答えは、大阪平野に入った途端、耕作地と住宅ばかりが目につくようになり、”鎮守の森”に代表される、雑木林が視界から消え失せるからである。

河内にはこんな笑い話がある。

「屁を放るにも、裏の畑で放ってこい。家の中では屁はするな!」

理由は、「屁も無駄にしたらアカン!畑の肥やしになるやないか!」

というわけである。

まさにド渋チン(ドケチ)極まれりの逸話である。

鎮守の森が見あたらない理由はこれであろう!

”困った時の米頼み” 神様より米(金)様なのである。

そんな風土に育った連中に、人情や、風情(フゼイ)風流、粋(いき)といった物を求めても、

「風情て何でんねん、腹の足しになるんデッカ?」

なのであろう。


<この稿お終い>

[2009/01/18 19:04] 大阪のこと | TB(0) | CM(0)

東京にはミドリがないってホント? 

上方の東に対する対抗意識と劣等感、妬みやっかみ、負け惜しみ、偏見について考える、その3

東京にはホントに緑が少ないのか?

と~んでもない!全国的に見ても首都圏ほど緑に囲まれた大都市圏は少ない!

都心部・東京23区内にかぎっても、神宮外苑、代々木公園、日比谷公園…航空写真や地図を一目瞭然!大阪市なんぞよりは格段に緑地が多い!

ましてや、23区外の武蔵野、多摩の丘陵地帯まで足を伸ばすと辺り一面緑の回廊である。
お隣の横浜市の緑区等文字通り公園・緑地の固まり、とても町中とは思えない日本の原風景が現れる。

上方人に判りやすく説明すると、新幹線で東京からの帰路 新横浜を出てから数分間緑にかこまれた丘陵地帯をすり抜けるが、実はアソコは”大都会横浜市”の一角である。
東名でいうなら港北インターの辺りの丘陵地帯がそうである。

確かに大阪周辺とは違い、郊外電車で10数分も走れば町並みは消え田園風景が現れる様な事はない。

郊外電車でターミナルから1時間近く離れても、線路の両側には人家が立ち並んでいる。

しかし線路から少し離れれば、そこには雑木林を持つ”里山”や”入会地”が緑を湛(たた)えながら広がっている。


しかもどの緑地も散歩道が完備され手入れが行き届いている。

町中で、気軽に森林浴が味わえるわけである。

また、東(あずま)に多い”市民の森”はいずれも地権者が固定資産税免除と引き替えに、行政に無償貸与している森林で、更に(自己中が多いカミガタン、やカワチヤンが)驚く事にこれら”市民の森”はボランティアの手で入念に手入れされているのである。

柏原市の厚顔無恥な宗教法人などこの話を知れば、腰を抜かし冷や汗を掻くであろう(ハズもないか!)。


<この稿続く>
[2009/01/17 18:34] 大阪のこと | TB(0) | CM(0)

大阪の恥ずべき日本一! それはバカい食料品物価! 

上方の東に対する対抗意識と劣等感、妬みやっかみ、負け惜しみ、偏見について考える。その3

よく大阪のおばちゃん連中が東京にたいして自慢する事(偏見)に以下の3つがある。

偏見その1大阪は食い物が安うて美味い!

「東京は食(く)い物が高うて暮らしにくい、あんなところでよう暮らせるな!」

偏見その2大阪の方が東京より緑が多い?

「歌の文句にも有るやろ、”東京砂漠”ちゅうて東京には緑があらヘンらしいで!」

偏見その3 大阪には人情が有る!町中で出会う人みんな親切や!

「大阪は人情が売りヤ、東京では隣の人が死んでても何週間も気が付かへんらしいで、あんな人情のない所で皆よう住んどるな!」

関西限定のコマーシャル風に言うと…。

「これミンナ間違い、Iiyo東京なら、こんなにお得!」

とこうなる。

偏見の最大の理由は、上方は中途半端に”都市圏”を形成しているので、殆どの人にとって観光目的以外で”ワザワザ東(アズマ)下り”などする必用が無く、生まれて死ぬまで”故郷を一度も離れたことが無い人”が東京以上に多いからである。

”江戸っ子”以外の”田舎モノ?”が大多数を占める”帝都東京”とはココがちがうのである。

先にも触れたとおり小生は10年以上首都圏に住み、東京都民も3年間経験し、本社詣ででせっせと出張していた時代も含めると四半世紀以上東京ライフを体験している。

そんな実体験から、前出の”ウソ(失礼間違いでした)”が判るのである。

例えば食い物の件、確かに外食に限って見ると、東京の食い物は異様ににい、例えば立ち食いの”かけうどん”上方風に言うと”素うどん”一杯が東京では¥290、大阪だと¥190-とこうなる。約1.5倍である!

大阪では、”づぼらや”等で気軽に食べることの出来る”テッちり”(フグちり)が東京ではとても庶民の口にはいるような代物ではなく、超高級料理となる。

しかし、日常生活に欠かせない”食料品・食材”となると俄然逆転現象が起こる。

例えば、首都圏では合い挽きミンチ¥100↓/100gはスーパー日常価格、特価とも成れば、¥70/100gは常識であるが、上方では一番物価が安いとされる庄内市場ですら¥100↑/100gがやっと。

上方の”オバちゃん連中”に言わすと、「モノが違う!」

となるが、確かに”品物の品質は大阪の方が落ちる場合が多い!?”

最近は、WEB上でスーパーのチラシが見れる様に成ったのでこの事(大阪の食料品が異様に高い!)は一目瞭然。

何故そうなのか?

色んな理由があると思うが、何と言っても一番の理由は、

「この辺では家(うち)しか商売して無い、競争相手もオランのに安センカテエエ、高こう売れるモンわざわざ安売って、損すること無い!」

が最大の理由であろう。


以下に大手スーパーのチラシページを掲載しておくので、是非一度ご自身の目で店舗毎(地域毎)の食料品価格の違いを確かめていただきたい。
                     
イエー店舗情報ジャスコのチラシ情報イトーヨーカ堂店舗案内イズミヤチラシ情報、準大手; ライフ店舗情報サンディ店舗情報SEIYU店舗情報()
地域限定スーパー バリューのチラシサミットストア店舗毎チラシ

<この稿続く>

[2009/01/16 20:01] 大阪のこと | TB(0) | CM(0)

トキオのカワチアン (”パリのアメリカ人”のパロディー) 

上方の東に対する対抗意識と劣等感、妬みやっかみ、負け惜しみ、偏見について考える、その2

かつて今から10数年前 小生は東京本社に栄転?となり長く住み慣れた”我が故郷上方(大阪)を後にした。

当初、東京に住まいは無く、横浜は黄金町のとあるビジネスホテルに仮住まいを定めていた。

住まいどころか、デスクも無かったので、その方が都合がよかったからである。

就任間もないある日、千葉の津田沼に用がありホテルから直行する事となった。

軽い気持ちで、ホテル最寄りの板東橋駅から地下鉄に乗り7時前に横浜駅に着き、JR線に乗り換えるべく横須賀線ホームに向かおうとして、認識の甘さを思い知らされた!

当時、大阪では東海道線の新快速でも通勤時間帯に増結しても8両編成程度。
10両編成の通勤列車を運行している路線(※1)など無かった!


まして、小生の通勤の足近鉄南大阪線は通勤時間帯でもせいぜい2両増結の6両編成程度、それで、1,2両目はさすがに混雑するが3両目以降はうまくすれば座れる程度の混み具合!(ターミナルあべの橋から25分程度の都市近郊?でも)であった。

そんな当時、小生が横浜駅で見た光景はそれまで都会人を自負していたデジタヌにとっては雷が落ちたようなショックであった!

「7時前チュウーのに、な…何でこんな人がギョーサン(たくさん)居るんや?!」

「ワー、人で人でホームが溢れて、ホームに上がれんがな!」

そして、向こうの東海道線に発着する通勤列車を見てまた仰天!

「な、何チューコッチャ! 16両連結の次々入ってくる湘南電車が どれもこれも先頭から最後尾までみな満員やないか!」

「おまけに、ドアちゅードア 皆窓ガラスにキスしとるやないか!」

「おったまげた!流石東京チュウところはラベル?がチャウな~…」

「こんな、ギョーサン(沢山)の人が居るとは知らんかったは!」

確かにそれまでも東京・横浜に長期滞在した事は何度もあり、夜遅くなって 飲んだくれて帰っても、昼間客先を訪問しても、郊外電車が空いているのに出くわした事が無く、何となく人が多いとは感じていたがまさかこれほどまでに多いとは思ってもいなかった!

大いなる”田舎大阪”で長年暮らしてきた田舎者!のデジタヌにとっては少なからぬカルチャーショックであった。

※1、現在は近畿地区でもJR東海道線、地下鉄線、阪急線、近鉄奈良線、南海線など多くの近郊電車線で10両以上の長大編成?通勤電車が運行されています。

<この稿続く>

[2009/01/15 18:40] 大阪のこと | TB(0) | CM(0)

大阪はほんとに日本第二の大都市? 

デジタヌの告白、実録カルチャーショックシリーズ その1)

kome ★上方の東(アズマ)に対する対抗意識と劣等感、妬みやっかみ、負け惜しみ、偏見について考える。

以前書いた事では有るが、土着の関西人 ”ネイティブカミガタン”や特に河内土着の”ネイティブカワチヤン”には臆病者で、生まれてこの方一度も故郷から離れて暮らした事が無く”井の中の蛙”的発想の人が多い。

首都圏に長年住んだことのある小生は、特にそのことを強く感じている。

TV番組などでも、かんさいのTV局のプロデュサーは企画に行き詰まると視聴率稼ぎのため、、必ず「○○どっちがすごいか○○東西対決」とか「○○東西決戦」とか上方人の劣等感に付け込んだ番組で手っ取り早く視聴率を稼ごうとする!

芸能タレントでも関西限定のタレントは大抵”東京”をケチョンケチョンにこき下ろしてウケを狙いに行く。

ところが、首都圏に住んだ事のある人なら誰でも知っている事だが、東京のTV局ではこの手の”企画もの”は皆無といっていいほど少ない。

理由は簡単、視聴率稼ぎにならないからである!

何故か?

首都圏に住んだ事があればわかるが、東(アズマ)から見ればそれ以外の地域は単なる”地方”にしか過ぎないからである!

上方(大阪)とて同じ事、それ以上でもなければ、それ以下でもない、ただの一地方都市である。

ハッキリ言わせて貰って、”帝都東京”で次の様な見栄を切ろうものなら…。

「アンタら大阪知っトンのか!?」

「大阪?それって名古屋の向こうでしょ!それがどうしたの?何か特別な事でもあるの?…」

と、こうなる!

つまり、大阪は彼ら東人(アズマビト)に取って福岡、広島、名古屋、仙台、札幌などと大して変わらない”いち地方都市”にしか映っていないわけである!

事実、都市の規模で言えば横浜市にはとうてい敵わない!

”良いか、君たち(私も含む)ネイティブカミガタンは単なる臆病者で、見栄っ張りの田舎ものの集まりにしか過ぎない事実を肝に銘じるべきである!”

<この稿続く>
[2009/01/14 19:05] 大阪のこと | TB(0) | CM(5)

これでいいのか大阪市政 「誰のための地下鉄建設」 続編  その3 

続編 本編で言い忘れたこと?等
その3<役人の敵は役人>



役所(役人)が交渉相手として一番信用できないのは何言おう役所(役人)である!


いみじくも、この事は前々章で取り上げた泉北高速鉄道の一件で照明された。
もしも、両者が近鉄と阪神のように鉄道マン同士だったら、お互いを信じ合えたであろう。


そして、泉北高速鉄道は、軌間1430mmの標準軌と第三軌条集電方式で建設されていたであろう。
そして、中百舌鳥駅で大阪市営地下鉄御堂筋線がやってくるのを16年間じっと待ち続けたであろう。近鉄が難波駅で、阪神がやってくるのを39年間待ち続けたように。


いや、大阪府に大阪市交通局の言葉を信じる度量があったなら。御堂筋線の延伸を信じ、近鉄難波駅のように途中駅スタイルの中百舌鳥駅を作り、信頼を態度で示せば16年も待つことはなかったかも知れない。


でも悲しいかな、大阪府の当局者は当然”役人”であり、つい役人根性を出してしまい、交渉相手大阪市の言うことを信じられなく、結論を焦ったが為に、今日乗客は3度も初乗り運賃を強要され(南海高野線経由ナンバ駅乗り換えの場合)、おまけに全く乗り換え連絡に配慮しないダイヤで極めつきの不便と出費を強いられている訳である。


鉄道マン同士は信頼と友情で結ばれるが、木っ端役人同士は、不信感と裏切りでしか結ばれないようである


とどのつまりは、役所(役人)は利用者・納税者(住人)の事など、何も考えて無く!常に、自身の保身手柄に汲々としているわけである。


<つづく>



[2007/11/14 20:07] 大阪のこと | TB(0) | CM(0)

これでいいのか大阪市政 「誰の為の地下鉄建設」  第7章 その1 

第7章 番外編
その1<雑感と思い出>



名将

名将と呼ぶにふさわしいと思うが、名将関一市長が勇気を持って、市議団の猛烈な反対を押し切り、始めた地下鉄事業を、その孫である、關淳一現市長が、同じく市議団の猛烈な反対を向こうに回し、幕を引く。何とも皮肉な結末ではある。しかし此処で幕を引ければ、關淳一も歴史に残る名市長となるであろう。



心に残る大阪市電の思い出



さて、大阪市電の路線の変遷(衰退編)と言う個人のWEBページ
http://page.freett.com/soundhis/shiden/rosenzu2.html 
に(大阪市電が走ったことのある経路図)と言うのがあって、かつて総延長124.9Km にも及んでおり市内をくまなく網羅していた様子が伺える。これらは、バスそして勿論地下鉄に転換されていっただけで、特許は活きている。


環状線も地下鉄中央線も、開通していなかった頃、天保山に行くのは子供心にも大変であった。


確か上六から、市電に揺られて大阪港まで出かけたように記憶している。でも懐かしくもあり、何となくぼんやりと覚えている


姉の高校の修学旅行先は九州であった、しかも往路は船!。
別府航路の関西汽船の客船、確か2000トンにも満たない小さな船であった様に記憶している。この辺の話は姉本人に聞かないとハッキリしない。


何と言っても姉と小生は11才離れており、見送りに行った当時は小学校にも上がっていない5才の頃。


出航時にはドラが打ち鳴らされ、用意しておいた紙テープで別れを惜しんだ事を覚えている。


天保山桟橋には親父の出張の時も見送りに出かけたので、その時の記憶と混同しているのかも知れないので定かではないが、当時、小生の印象では、いつもチンチン電車はそれなりに混雑しており、座席に座った記憶が無い。


中央大通りも開通しておらず、港通りを、ガッタンゴットン、グァーと騒音を撒き散らしながら走っていたように記憶している。


当時の大阪市電には最新のカルダン駆動の大型のボギー車もあったようだが、小生の記憶にあるのは、吊り掛け駆動方式台車の小型車両で良く揺れることと、けたたましい騒音が強く印象に残っている。


<つづく>



[2007/11/03 20:15] 大阪のこと | TB(0) | CM(0)

これでいいのか大阪市政 「誰の為の地下鉄建設」  第6章  第4節 

第6章 鉄道事業に見る大阪市、と大阪府の確執とは?
 
第4節 <22世紀の大阪は?>


将来大阪市がシリーズ2で取り上げたような『地下鉄の廃坑が至る所に残されたゴーストタウン』とならないようにするには?


大阪市民が、未来永劫栄え続ける大阪に向かって進めるように今の内に大阪地下鉄を市直営路線から民営化路線に路線変更すべく、『ポイント』を切り替えなければ成らない時期に差し掛かっているのではないか?


北海道の夕張市は他人事ではない!


このまま、大阪市交通局の暴走を許しておけば、乱脈経営のため大阪市の将来は破産!
『市民の血税』を掘り尽くした、地下鉄網の廃坑と、訪れる人もなく、荒れ果てたUSJとさらには住む人もいなくなった、高層アパート群。

更に更に、入る企業も無い、空き室だらけの高層ビジネスビルがあちこちに散在するゴーストタウンとなりはてるであろう!


そうなると新成人が、カンパを仰いで、自主開催しないと、成人式すら開催できないような、情けない事態に…。



<第6章終わり>




[2007/11/02 23:54] 大阪のこと | TB(0) | CM(0)

これでいいのか大阪市政 「誰の為の地下鉄建設」 第6章  第3節  

第6章  鉄道事業に見る大阪市、と大阪府の確執とは?
第3節 <泉北高速鉄道産みの苦しみ>


元々、泉北ニュータウンは、北の千里ニュータウンと呼応する形で大阪府が打ち出した、二大ニュータウン構想!の一つ。


トーゼン、千里の時と同じように延伸された地下鉄御堂筋線とニュータウンアクセス鉄道との相互乗り入れは計画におりこまれていたはず。


ところが府側が当て込んでいた堺市市域への地下鉄延伸計画に、テリトリー外を理由に大阪市が難色を示した。


何が何でもアクセス鉄道をニュータウン開発.の目玉にしたい府は南海電鉄に話を持ちかけた。南海電鉄は快くアクセス鉄道建設計画を受け入れ、ニュータウン乗り入れが成立しかけたかに見えた、しかし南海電鉄の資金難から、計画が頓挫。紆余曲折の後やむなく受け皿として府自ら『大阪府都市開発株式会社』を設立しやっと建設にこぎ着けた。


泉北高速鉄道誕生には以上のようないきさつがあった。(詳しく『ウィキペディア(Wikipedia)』を参照されたし。)


このようにして誕生した泉北高速鉄道ではあるが、近年は,新大阪駅と一本線で繋がっていないことが災いし,住人のニュータウン離れにもつながり、結果として乗客が減少しだしている。


あの大盤振る舞いの『近畿地方交通審議会』のお偉い先生方にまで開業後40年では黒字化は無理と烙印を押され、路線延長、どころかその存続さえ危ぶまれている。


府としては、"坊主にくけりゃ袈裟まで憎い"の例え通り、『それもこれも、大阪市交通局が態度を保留、時間稼ぎをし、御堂筋線の延伸を遅らせたためだ!?』『計画当初の大阪市交通局の煮え切らない態度が、泉北ニュータウンの将来に影を落とした!』とばかり、恨み辛みは,膨らむばかり。


何れにしろ、そんなこんなで市と府の確執が目に見えた形で、表面化、今日に至っているのでは無いだろうか?



[2007/11/01 19:27] 大阪のこと | TB(0) | CM(0)

これでいいのか大阪市政 「誰の為の地下鉄建設」 第6章  第2節 

第6章  鉄道事業に見る大阪市、と大阪府の確執とは?
第2節<泉北高速鉄道に見る府vs市、 確執の構図>



テッチャンでなくとも、地図を眺めていれば誰でも不思議に思う事が、
『泉北高速ってどうして,市営地下鉄と繋がってないの?』

しかもダイヤを見れば、
『泉北高速には御堂筋線との接続駅である中百舌鳥駅を無視して通過してしまう通勤電車が走っているって!どうして?』

ずばり、泉北高速は『大阪府都市開発株式会社』が運営する路線で、御堂筋線延伸、相互乗り入れに消極的だった大阪市営地下鉄に意地悪?しているのである!


泉北高速鉄道が部分開通したのが1971年、そうあの『大阪万博』の翌年。そして泉中央駅までの現在の形になったのが1995年。

御堂筋線の我孫子ー中百舌鳥間の開通が1987年。
泉北高速の途中駅 栂・美木多駅~光明池間が1977年に開通し本格運用しだしてから既に10年も経過していた!


この間大阪市営地下鉄は府の再三にわたる路線延長の要請を、のらりくらりとかわし、我孫子ー中百舌鳥間たった約5Kmの建設に泉北高速鉄道開業から16年間もかかったことになる!


府は、大阪市交通局の優柔不断で煮え切らない態度の為、早晩大阪市営地下鉄御堂筋線への乗り入れと、『新大阪駅直通』を諦めた。


その上で、当初よりアクセス鉄道計画に好意的で、何より相互乗り入れ計画を快く受け入れてくれた南海電鉄とパートナーシップを組むこととし、大阪市内への住人のアクセスを確保した。


結果論として地下鉄御堂筋線のさらなる混雑を回避できた面もある。
しかしこれまた『地下鉄モンロー主義』の壁の前に、いまだに南海電鉄が都心部乗り入れを果たせないでいる?今日、ナンバ駅で乗り換え客があふれる形となってしまった。


おまけに利用者は初乗り運賃を3回も払わされるはめになり、利用者にとってはトータルコストパフォーマンスは最悪!といわざるを得ない。


住民の利便を考えると16年待ってでも御堂筋線との相互乗り入れを果たすべきだったのだろうか?


それよりなぜ16年もかかったの?
ねえ?大阪市交通局さん!


<つづく>


[2007/10/31 21:25] 大阪のこと | TB(0) | CM(0)

これでいいのか大阪市政 「誰のための地下鉄建設」 第6章  第1節 

第6章  鉄道事業に見る大阪市、と大阪府の確執とは?
第1節府と市の仲の悪さは、例えるなら水と油!



太田知事と関市長が会合で顔を合わせて、関市長から声をかけても、太田知事は会釈だけで通り過ぎてしまう!?


コンナ話がまことしやかに囁かれるほど、大阪市と府は仲が悪いらしい?


何故そこまで両者の間がこじれたのか、


筆者は、そこでも又市営地下鉄事業が引き金になったのでは?と憶測している。


大阪市にあって,大阪府にない物の代表が、直営鉄道事業?である。


大阪市は,府に相談もなく、勝手に周辺都市と話を付け,市域外への地下鉄の進出・延伸を計り、市域内には『地下鉄モンロー主義』を盾に、私鉄各社の中心部乗り入れと、市域通過を拒んできた。


大阪府の広域交通構想を無視して大阪市の都合だけで強引とも言えるやり方で地下鉄事業を推進してきた。


この事実は彼らのOBの天下りにも大きくひびき,大手ゼネコンに占めるOBの数は圧倒的に市側の勝利?と言う結果に…。
長年冷や水を飲まされ続けている大阪府に取っては、我慢成らないのはアタリマエかも知れない。


そんな確執の原因を作った市営地下鉄を民営化するとなれば、トーゼン大阪府にも支援(出資)を仰ぐ形となる。
一民間企業となった大阪地下鉄は、市・府から公平にOBを受け入れる形となり、積年の恨みを乗り越えて、両者の和解も成立するのでは?


<つづく>


[2007/10/30 19:52] 大阪のこと | TB(0) | CM(0)





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